Rossini Insight Evening ロッシーニ解説レクチャー@ロイヤルオペラハウス

 

 ロイヤルオペラハウスでは上演する作品について指揮者や作曲家が解説をする催しを定期的にやっている。今週は、間もなく「セヴィリアの理髪師」の再演が開幕するのに伴い、公演指揮者のマーク・エルダー氏がロッシーニの音楽について語るレクチャーがあった。会場は劇場の5階の稽古場。

 Young Artists Programme 2年目に所属中のメゾソプラノ歌手(今回の公演でロジーナのカヴァーをしている)がロジーナのパートを歌い、彼女にその場でマスタークラス的なレッスンをしながらロッシーニの音楽の分析をするというスタイルである。

 イギリス人にはよくこういうタイプがいるのだけれど、この指揮者もトークがとてもうまくて、皮肉たっぷりのジョークを織り交ぜながら進めるのでとにかく面白い。オチを言う前の間の取り方とか、まるでジャズのセッションのおようなライヴ感で、ロジーナ歌手を絶妙にいじりながら料理していく。

 ロジーナ歌手は、研修生といっても本公演の主役のカヴァーをするだけあって実力は恐ろしく高い。アジリタの技術は見事だし、なによりチャーミングで、この人のロジーナを是非舞台で観てみたいと思わせる。でも確かにエルダー氏が指示を与えていくと、歌にさらに緊迫感が生まれて、ますますイキイキとしてくるのだ。

 

 レクチャーを聴いた後でも私がロッシーニの音楽には個人的にあまり強い思い入れを感じないことには変わりないのだが、ロッシーニをロッシーニたらしめている音楽の特徴というものについては良く理解できた気がする。ロッシーニの人生のことなど多岐に渡った話の中で、音楽面に限ってトークの要点をまとめると:

 

・  ヴェルディの特徴が「ドラマ性」、ベッリーニが「メロディの美しさ」だとすると、ロッシーニの特徴は「エネルギーとリズム」である。

・  ロッシーニをちゃんと演奏することは極めて難しい。適当にやっては絶対うまくいかない。大変な集中力とアンサンブル力が必要とされる。

・  休符が音符以上に大事。休符のエネルギーが命。

・  ロッシーニの曲によく出て来る、「16分音符のアウフタクト」+「1拍目から伸ばす音」(イタリア風ファンファーレ。「パパーン!」ってやつ)。この音型では、アウフタクトで飛び込み台に飛び乗り、次の1拍目は上に向かってジャンプするように音を出すこと。つまり、1拍めに入る時にベタっとならず、上に飛び上がるように音を出す。これがロッシーニサウンド。

・  伸ばした音を切る時に、音に入ったのと同じようなエネルギーでぽん!と切ることが大事。ここがドニゼッティとは違う点。ドニゼッティの場合は、長い音を切る時にはしっかり念を押すように切る。

・  アリア中の技巧的な装飾は好きなように足していいわけではない。基本的には楽譜に従い、ドラマ的に適切と思われる言葉のところで足すのが望ましい。

・  レチタティーヴォは歌手が自由なテンポ・リズムで演技をする部分である。毎回変わってかまわないし、むしろ毎回変化するべき。その分、歌手の演技力が要求される。(イタリア人の名人同士がやると凄い。)

・  一方、歌の部分は拍を守ってきっちりとアンサンブルを合わせる必要がある。レチタティーヴォと曲のコントラストがスリルを生む。

・  レチタティーヴォ中、伴奏(チェンバロ又はピアノ)はあまり余計な装飾を付けて歌手の邪魔をしてはいけない。(演技上、間が空いてしまうところに付け足しを差し挟むのは必要。)

 

 

このレクチャーの翌日にちょうど本舞台で「セヴィリア」のオケ付き稽古をしていたので観に行ったのだが、エルダー氏はレクチャーと同じ調子で何度も稽古を止めてはオケにも歌手にも細かくダメ出しをしていた。(日本の場合、オケ付き舞台稽古では、通しの後に多少の直し稽古をやるだけの時間しかないので、こういう場面はまずない。)レクチャーはとても面白かったけれど、稽古でこういう先生っぽい態度を取り続けると、オケからもキャストからもちょっと煙たがられるのではないかという気もする…。