ギルドホール音楽院オペラ科の1年目では現在、11月末に本番が行われるシーン・リサイタルの稽古をやっている。演目は以下の通り:
・ R.シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」練習番号144~188
・ ストラヴィンスキー「放蕩者のなりゆき」1幕1場
・ ベルリオーズ「ベアトリスとベネディクト」11番
・ モーツァルト「魔笛」1幕冒頭
・ モーツァルト「イドメネオ」3幕 イリアとイダマンテの二重唱
・ ブリテン「夏の夜の夢」2幕 練習番号60~91
・ ヘンデル「ジュリオ・チェーザレ」2幕8場
・ モンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」2幕10~11場
・ ドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」2幕フィナーレ
・ トマ「ハムレット」2幕 オフィーリア、ガートルード、ハムレットの三重唱
イタリア物、ドイツ物、フランス物に加えてイギリスの作品も入っていて、時代も17世紀から20世紀まで網羅し、相当に多彩で魅力的なプログラムである。新国立劇場オペラ研修所にブライアンというヘッドコーチがいた頃のプログラムを思い起こさせる。生徒たちが大学と大学院修士課程を終えて来ているとしても、なかなかレベルが高い内容だと思う。
生徒たち全員にできるだけ均等に、しかも声に合った役を与える主旨でプログラムを組んでいるとのことだが、その要件を叶えられるように曲を選ぶのは相当に苦心するに違いない。
演出家は普段から演技の授業も担当しているMartin Lloyd-Evans。指揮・音楽指導はElizabeth Rowe。
生徒達の歌のレベルはこれまで見たところ、日本なら瞬く間に第一線で活躍できそうな逸材もいれば、まだ学生っぽい人もいる。ただ立ち稽古に入る段階で譜読みと暗譜が完全に出来ているという点では皆かなりしっかりと訓練を経ている印象。それぞれの言語のディクションについては別枠で言語コーチに見てもらっているようだ。
初めて立ち稽古を見学した日、歌手が客席側を向かずに奥を向いていることも多かったので不思議に思っていたら、本番の舞台の形態はいわゆる一般的なプロセニアムステージではなく、トラバースステージ(回廊ステージ)といって、観客がお互いに向かい合っていて、その真ん中に横長の舞台があるタイプの舞台なのだった。
「トラバースステージにした理由は何かあるんですか?」と演出家に訊いたら、「ある。生徒の今の段階では、演者が『客席側を向かなきゃ』といった外的な要素にとらわれず、役と自分が心理的につながること、内的なコネクションをつくることが一番重要。トラバースなら身体がどっちを向いてもかまわないからそうしたんだ。恋人同士ならしっかりとお互い顔を見合って、言葉を伝え合うとかね」という話だった。この話にはとても感心した。日本だったら、相手に喋りかけながらもうまく観客側に顔を向けられる立ち方とか、そういった外的なテクニックを教えるのが先なような気がするからだ。
「なるほど。でもいずれは客席にうまく姿勢を向けるようにするとか、テクニックとして身につける必要はありますよね?」「そりゃあね。でもそんなのは簡単なことだから、ちょっとしたコツさえつかめばすぐできる。それよりも、一番大事なのは内的なコネクションだから、その感覚をまず掴んで貰いたいんだ」
これは結構、眼からウロコ。
時代設定はどのシーンもピリオドではなく現代になっている。これについても理由はトラバースステージにしたのと同じで、ピリオドの所作などといった外的要素を気にすることなく、今の自分に近い状態で、役と自分が内面でつながれるようにするのを優先するためとのこと。
Martinの稽古の素晴らしいところは、瞬間、瞬間にそれぞれの役がちゃんと思考をもっているか、それが伝わってきているか、歌に反映されているかを見逃さず、常に確認しながら進めていくこと。また次回に続きます。