「フィガロの結婚」誰が何を、なぜ着るか(2)

「フィガロの結婚」誰が何を、なぜ着るか(2)

 Costuming for Opera: Who Wears What and Why(オペラの衣裳:誰が何を何故着るか)は衣裳の時代考証の資料として大変役に立つ本です。前回に引き続き、「フィガロの結婚」の人物達の衣裳について書き出します。今回は男性キャラクター。

  

フィガロ

ボーマルシェの描写:「スペインのダンディ(マホ)の格好。(注:マホというのは市民階級の伊達男のこと。ゴヤの絵によく登場する)頭にはスヌードかネット、その上から白い帽子をかぶり、首の後ろに色つきのリボン。首には絹のネッカチーフを巻く。ヴェストと半ズボンは絹で、ボタンとボタン穴は銀の縁取り。幅の広い絹のサッシュ。タッセルと結びつけたガーター。はっきりした色のジャケットは大きな襟返しがついている。白いストッキング、グレーの靴。」

 (↑ゴヤの描いたマホ)

 

 ボーマルシェのこの描写はマホとしても着飾り過ぎである。戯曲のフィガロの革命的で批判精神に満ちた性格はオペラでは随分薄まっており、どちらかというと機嫌の良い二面的な人間になっている。そのため衣裳も、戯曲のほうの大げさなディテールをそぎ落とすのが良い。

 フィガロは1幕の冒頭から結婚式に臨む気満々なので、まだ部屋着に近い恰好でいるスザンナと違い、初めから日曜の正装を着ていると良い。ただし段階的に正装になる。1幕冒頭で部屋のサイズを測っている時は、シャツ、半ズボン、サッシュ、スヌード。スヌードは18世紀のスペインでは男女問わず人気があるアイテムだった。フィガロのトレードマークのようなものである。

 2幕でコンテッサの部屋に入る際にはヴェストを身に付け、これで典型的な理髪師の格好になる。伯爵の前に出る際にはマホのジャケットを足す。4幕で庭で隠れる際にはスペインで大変人気があった大きなマントを着ると良い。

 

ケルビーノ

ボーマルシェの描写:「1,2幕はスペイン宮廷の小姓の衣裳。白に銀の刺繍がしてあり、肩からは軽いブルーのケープをかけ、羽根つきの帽子をかぶる。4幕は農民の少女の衣裳。5幕は軍服に剣を帯同。(幕は戯曲に準じる)」

このボーマルシェの描写は少し前に時代に沿ったもので、18世紀には小姓は儀式の時などにしかこのような正装を着けなかった。通常、18世紀の若い貴族はモーニングコートにジャボ(首元のひらひらした飾り)、ヴェストを着る。

 他の人物達と同様、1幕は完全な服装ではなく、シャツと半ズボンで十分。

 小姓は女主人の部屋には正装で入室する気まりだったので、2幕でコンテッサの部屋に来る時は明るい色のモーニングコート、ヴェスト、シャツを着る。女の子に変装する時はスザンナの服を着ることにすると良い。頭にはモブキャップという、頭をすっぽり覆う屋内用の白い帽子をかぶせればコミカルな感じを出せる。

 3幕で農民の少女に変装する際は、元々のシャツに大きなモブキャップにスカートをはかせ、スカートの腰の紐を自分で手で持って締めていると良い。アントニオに発見された時に慌てて紐を手から落としてしまい、スカートが脱げてズボン姿になる事ができる。

 

伯爵

ボーマルシェの描写:「1幕と2幕は古いスペイン風の狩の格好。ふくらはぎ丈のブーツ。3幕から最後まではスペイン風の立派なスーツ。」

 18世紀の貴族は一日の大半を部屋着で過ごすのが習慣だった。男性の場合、これは床まで届く長いガウンに、それとマッチするヴェスト、剃った頭を冷やさないためのキャップ。これは伯爵の多情・好色な性格を表すのにも適している。狩の服装になるのは2幕。

 狩の服装は実用的なもので、主にウールと革で出来ている。色は緑が最上級。ここに茶色のスエードのヴェスト、ブーツ、乗馬用の長手袋を合わせるとエレガントになる。三角帽と剣も着ける。髪の毛は自然の色。ジャボと袖口の襞は少なめ。

 結婚式ではガラ・スーツ(貴族の正装)になる。ベルベットか金襴のモーニングコート。ヴェストは丹念な刺繍がしてあり、コートとのコントラストがありつつもマッチした素材で出来ている。半ズボンはだいたいコートと揃い。剣、白タイツ、バックル付の靴。白い化粧がつらを着ける。この服装の場合、当時は屋内でも三角帽をかぶったが、オペラでは歌手は帽子を避けたがるので無くとも良い。

4幕では大きなケープを足し、好色ぶりをさらに強調させる。

 3幕の裁判シーンでは裁判官のローブとウィッグを着けても良いが、被告がただの従僕なので、そこまでは着ないのが適当かもしれない。

 

 次回は残りの人物について。


Leo Van Witsen, Costuming for Opera: Who Wears What and Why, The Scarecrow Press, Inc., 1994