佐渡裕プロデュース「夏の夜の夢」(3)

佐渡裕プロデュース「夏の夜の夢」(3)

 今月初めから舞台稽古が進行中の「夏の夜の夢」はいよいよゲネプロを残すだけとなり、22日開幕。作品が素晴らしいのでこれまでにないくらい舞台稽古を楽しんでいる。

 今回の演出は、奇をてらわず正統派だけれどセンスは現代的で綿密、というスタイルの演出で、作品の魅力が理想的な形で引き出されていると思う。舞台美術がとても美しく、場面が進むごとにサプライズが仕込まれている。そして歌手が歌も演技も高水準なうえに、6月から全員が揃って毎日みっちり稽古をしているので完成度が高い。これは有名なオペラハウスの来日公演などでは絶対望めないことだ。演出家の横に振付家(というよりムーヴメントディレクター的な役割)がぴったりついて、もともと演技のうまい歌手たちの動きがさらに自然になるよう細かく指導している。効果的でありながら大げさでもない、絶妙な身体表現が追求されている。ダンスシーンがない作品でもムーヴメントディレクターが付くのは実際にロイヤルオペラハウスでも目にした事だけれど、なんと素晴らしい稽古環境なのだろうと思う。

 日本のオペラ公演で外国人と日本人のミックスキャストにする場合、日本にはいない強い声の主役などを外国人が受け持つ場合が多いので、ドラマ的には意味をなさないことが多い。(その最たる例は蝶々夫人役を西洋人が歌うケース。)でも今回は、妖精たちの役(妖精の王オベロン、妖精の女王ティターニア、妖精の子供たち)を日本人が日本語で演じ、人間達の役(4人の恋人達、職人達)をイギリス人が英語で演じて二つの世界が違う様式で表現され、イギリス人の耳には妖精達が不思議な言語を話しているように聴こえるという形になっているので、ドラマ的に理に適った配役になっている。(公爵シーシアスとそのお妃ヒポリタだけは例外でイギリス人ではなく日本人が英語で歌っているが、これは人間達の中でも貴族役を日本人がやっているロジックが成立していて、衣裳も日本風なところが面白い。)

 音楽がまた素晴らしくて聴けば聴くほど発見があり、今回でブリテンがますます好きになった。ブリテンはドラマをよく理解している作曲家だとつくづく思う。もともとのシェイクスピアの戯曲のセリフが絶妙に生きるように楽譜が書かれている。

 例えば職人達が劇中劇の台本をもらって配役されるシーン。フルートという役が女性の役を与えられて最初はふてくされるのだけれど、セリフを試しているうちにその気になってきて、他の人が喋っているところを無視して勝手に自分のセリフを何度もノリノリで歌い始める。戯曲の場合、一度に数名が喋っている状態というのは紙に表現しにくいけれど、音楽はそれができる。また、たどたどしく喋る人、おかしくて吹き出しながら喋る人、そういったセリフの口調まで音符にちゃんと書き込まれている。「句読点がメチャクチャだ」と公爵に笑われる職人達の芝居は、文章の中のおかしな箇所でメロディのフレーズが切れるように書かれている。

 パックの間違いによって魔法をかけられた恋人達が好きな相手の取り違えをしてケンカを始めるシーンは、歌もオケも裏拍を強調したリズムで書かれており、何かがずれている不安感が強く出ている。2014年にロンドンのギルドホール音楽院オペラコースを見学した際ちょうどこのケンカのシーンを取り上げていたのだが、その演出ではライサンダーが魔法がかかっている間はチック症になっているという解釈で、歌い出す度に小節の頭で片目をつぶるチックの動きをしていた。ライサンダーはちょうど、その場面では歌い出しの一拍目が休符になっていて裏拍から歌い出すように書かれているのだ。

 ブリテンの遊び心が最も出ている3幕の職人達による劇中劇の音楽は最高で、大げさなクサい芝居をするピラマスのセリフはヴェルディ風、恋人を失って嘆くシスビーはドニゼッティの狂乱の場風。オンチな「壁役」のスナウトはシェーンベルク風の12音階。しかも人間のオンチの種類には2種類あって「音程が全く取れない人」(スナウト役)と、「メロディは合っているが調がずれている人」(シスビー役)がいることがちゃんと書き分けられている。(シェイクスピアはもちろん職人達がオンチだとは書いていないが、ブリテンはきっと彼らがもし歌を歌ったらオンチだと思ったのだろう。)ここの演出と芝居はモンティ・パイソン風ナンセンスコメディで、もう楽しくてたまらない。

 妖精たちはオベロンがカウンターテナー、ティターニアがソプラノで、高い声域。そこにハープやチェンバロが重ねられて、現実とは違う、空気をただようような雰囲気が出るように書かれている。いっぽう職人達の中でも特にボトムという重要な役はバスで、オケではトロンボーンが多用されておならのような音を出したり(ボトムはお尻という意味もある)、サウンドが人間くさい。重要な妖精パックのライトモティーフはパーカッションとトランペットで、彼のすばしこくていたずらな囲気がよく表されている。

 追記:本番前日、一般聴衆向けのワークショップで佐渡さんが曲の解説で面白いことを言っていた。職人達の場面で何かがうまくいく時に鳴るテーマが、ショスタコーヴィチ交響曲7番の第1楽章に出て来るテーマを引用しているとの話。その場で曲のサンプルをかけてくれたのだけれど確かにそっくり。ショスタコーヴィッチはこの曲を第二次世界大戦中に、ファシズムへの反抗として書いた。佐渡さんが言うには、ショスタコーヴィチの音楽を愛していたブリテンは「夏の夜の夢」の職人達の役に庶民のパワーを託したのだということだった。こんな知的な遊びがまだまだ隠されているかと思うと、ブリテンは本当に飽きない。