ばらの騎士(4)

 二期会「ばらの騎士」は稽古場での稽古が終わって、明後日から舞台稽古の予定。稽古場での最後の二週間は本演出家のリチャード・ジョーンズが来日して、演出補のサラが作った土台に血肉を加えていく作業が行われた。

 海外からのレンタル公演の場合、本演出家は来日せずに演出補だけが来る場合も多いので、今回はラッキーなケース。実際に一緒に仕事をしてみたリチャードは、確かに「本物」であった。なぜ彼が、ロイヤルオペラハウス、Met、スカラ座、パリオペラ座、といった世界最高峰のオペラハウスで継続的に活躍する演出家なのか、しかと感じ取ることができた。

 彼の演出の特徴は、まずテキストを細部まで丹念に読み込んでいること。今回の「ばらの騎士」には各人物の生い立ちや人物同士の人間関係などについて、彼独自の解釈がいくつかあるのだが、思いつきではなくテキストに基づいたものなので全く無理がなく、よくつじつまがあっている。各役の「スルーライン」が非常によく描かれているので、歌手は無理なく自然に自分の役の役作りが出来ているように思う。それは勿論ホフマンスタールの台本の質の高さにもよる。実際「ばらの騎士」の台本は戯曲としても成立するクオリティなので、リチャードはこの作品のことをよく「この戯曲」という言い方をしている。

 リチャードはピアニストでもあり、音楽面も敏感である。スコア内の要素もよく演技に使っていて、この音はこういう事を表している、という解釈もよく理にかなっている。

 歌手には日々、徹底的にリアルな演技を求めている。少しでも大げさな演技をすると、すぐさまチェックが入る。彼と演出補のサラ、演出助手のエレインの口からは、演技のダメだしとして “Don’t demonstrate” (やって見せるな)”Don’t educate the audience”(説明演技をするな)という言葉が何度も出る。説明演技とは、例えば「悲しい」と感じた時に「悲しい様子を見せる」演技である。しかし、もしその役が悲しんでいる場合、演技としては悲しがる演技をするよりも、逆に悲しみを見せまいとする演技のほうが観客に響く。そうやってオペラにありがちな大仰な演技を徹底的に省くことにより、繊細でニュアンスに富んだ演技が生まれていて、通し稽古を見ていると何度も泣けた。

 リチャードの使う語彙を聞いていると、すぐに彼の基本はスタニスラフスキーシステムだという事がわかった。スタニスラフスキーシステムはイギリスの演劇においては共通の基本システムだ。「今、この場においてこの人物が求めている事は何か」を歌手に問わせる。それがわかると、役者の演技は自由で創造的になるのである。実際リチャードと話してみると「自分の基本はスタニスラフスキーで、他にもメソッドは色々あるだろうが、自分にとってはこれが一番うまくいく」とのこと。

 リチャードは来シーズンのロイヤルオペラハウスのトップを飾る「ラ・ボエーム」の新制作を演出する予定で、「ばらの騎士」が終わったらすぐ帰国してそちらの稽古に入るとのこと。ロイヤルオペラハウスのボエームは、1971年に初演されたジョン・コープリーによる演出のものがずっと上演されていた。今回、なんと46年ぶりに登場する新演出である。

http://www.roh.org.uk/productions/la-boheme-by-richard-jones

 ともかく、今回の「ばらの騎士」は日本人によるオペラとしては相当な水準にあると思うので、多くの方に見ていただきたいです。

 

先日、記者会見の通訳をしました:

https://twitter.com/operaexpress/status/885385805585195008