2018年夏ブロードウェイ①

  

 私が舞台の世界に入ったのはアメリカの学校でミュージカルをやったのがきっかけで、NYの近くに住んでいたのでブロードウェイもよく観に行っていた。仕事としてもずっとオペラとミュージカル両方に関わってきた。

 日本ではミュージカルというとまだまだ下に見られがちなのだが、そういう偏見がある人には是非ブロードウェイでミュージカルを観てほしい。そのプロフェッショナリズム、完成度は、はっきりいって平均的なオペラを上回る。ブロードウェイはマーケットの大きさから競争が熾烈を極めるため、俳優のパフォーマンス、スタッフワーク共に、いつどの劇場に足を運んでも最高レベルのものを見せてくれるからだ。俳優たちの身体の抜群のキレ、全体のテンポの抜群なタイトさ、転換の見事さ、装置や照明のセンスの良さ、そしてその物語の世界観の完成度の高さ。

 オペラは業界の運営システム上、作品自体がどんなに素晴らしくても、平均的な公演において、ソリストと合唱全員とオーケストラ全員がダレずに100%集中して完璧な演技を見せてくれることのほうが少ない。これまでにヨーロッパ各地の主要歌劇場で世界一流のソリストを集めた公演を観てきたが、特に再演の場合は稽古期間が非常に短いしルーティンワークになってしまうため、ソリストや合唱の演技が雑であることのほうが多い。それにオペラは歌と芝居とルックスが完璧に揃った歌手だけでキャストを固められるケースのほうが少ない。

 ただし、音楽の複雑さから来る知的な探索の喜びはオペラのほうが数段上なので、やっぱり軸足はクラシックに置いておきたい。ミュージカルの秀でた点を多いに参考にしつつ…。

 

 今回観たのは10本。ここ数年話題のHamiltonとDear Evan Hansenはチケットが高すぎて(400ドル!)断念。

 小劇場系の芝居も観たかったのだが、真夏は演劇はオフシーズンとのことであまり選択肢がなかった。その点は、年中あらゆる規模の興味深い公演をやっているロンドンのほうが強い。 

 

Once on this Island  @ Circle in the Square  ★★★★★

 今回一番良かったプロダクション。

https://www.youtube.com/watch?v=sHGhSbpgJ9Q

 円形劇場をフルに使った演出。客席に足を踏み入れたとたん、舞台と客席が一体化したカラフルな美術で、一気にカリブの海辺の世界に引き込まれる。

 360度の客席に囲まれた舞台は、床が砂地になっており、嵐が去った後の設定らしく、砂の上にゴミや色々なものが散乱している。家具、倒れた電柱(客席の一部にかかるようになぎ倒されている)、ヤシの葉っぱ、様々なゴミ、よく見れば生きたニワトリがカゴに入っている。小さな女の子が座って何かノートに書き込んでいる。客席の壁には住民たちの洗濯物らしきTシャツがぐるりと吊ってある。

 客入れ中、だんだん俳優達が舞台に入ってきて、お客さんと絡んだり、舞台上の女の子に話しかけたり、砂の上のゴミを片付けたりする。生きたヤギを連れて散歩までする! 開演の時間になるとその俳優たちのマイクがONになって声がはっきり聴こえるようになり、お客さんに携帯をオフにするよう呼びかけるのも俳優がやる。そして照明が落ちて音楽のボリュームが上がって物語がスタート。いきなり嵐となる。

 ストーリーは嵐の夜、冒頭に出て来た少女に大人達がお話をする劇中劇の形で、リトルマーメイドに似た若い男女の悲しいラブストーリーが展開する。

 フィジカルシアター的なステージングで、大道具はすべてキャストが動かす。嵐をあらわすのにはトタンを俳優が一人一人持って揺らして表現する。このように最小限の道具を俳優たちが動かして、具象的にではなく観客のイメージを呼び起こす形で、良い意味で演劇的な表現をするのが、演劇だけでなくミュージカルも今のトレンドですね。劇団四季がやっている「ノートルダムの鐘」もそのスタイル。

 美術も面白かったが照明が特に美しかった。カリビアンな楽曲とダンスもナイス。

 

 

 

Sweeney Todd  スウィーニー・トッド @ Barrow Street Theater ★★★★☆

 商業ベースではない、ヴィレッジにある小劇場でのオフブロードウェイ・ミュージカル。元はロンドンで初演されたプロダクションをNY に持って来たもの。

 これが劇場。

 

 劇場の外に、カフェみたいな看板が出ている。

 

 ロビーに入ると、スウィーニーの床屋のチェアがあって、自由に座って写真を撮ってもいいようになっている。この具象的なチェアは芝居そのものには登場しないところが面白い。

 

 

 スウィーニー・トッドは商業ベースのプロダクションだと大掛かりな装置を使うのが普通だが、この公演は全く違うアプローチ。劇場空間をわざわざ、作品に登場するパイショップの店内に作り替えている。こんな感じ。(写真は2階席からのビュー)

 

 この劇場は元々このようなカフェのような空間な訳ではない。前回NYに来た時、ここでソーントン・ワイルダー作「わが町」の素晴らしいプロダクションを観たのだが、その時は全く普通のブラックボックスの劇場だった。

 客入れ時はこのように、蛍光灯がこうこうとついた状態で、観客はテーブルでガヤガヤしてパイを食べたりしながら(1階席の客はチケット代にパイが含まれており、実際にパイが振る舞われる)開演を待っている。

 開演すると照明が落ち、俳優とオケ(ピアノとヴァイオリンとクラリネットの3人のみ)が登場。俳優はキッチンや階段周りで演技するほか、時にはテーブルの上に登って観客を見下ろす形で立ったりする。

 普通の公演だと、建物の二階がスウィーニーの床屋(ここで殺人が行われる)、一階がパイショップ(殺した人間の肉をパイの具材に使う)という台本の内容を具現化した装置になるのだが、この装置の場合、二階は階段のその先にあることをイメージで示唆するだけなので、殺人の場面が具体的には表現されない。

 あたかもカフェ上演をしているような環境を作って「大道具の足りなさ」をわざと演出することにより、2階での殺人の具体性を省くという、クレバーな手法。(ただしスウィーニーの敵  を殺す場面だかは実際に観客の目の前で行われた)

 いっぽう、物語が進んで二階で何度も殺人が行われるにつれ、いかにも見かけは普通のキッチンが、だんだん血なまぐさい屠殺場に思えてきて、最初はパイの味がしていた口の中が血の味がするような気がしてくる。とても面白い効果だった。

 ちなみに劇場内での撮影(開演前)が許されていたのはこの劇場だけで、あとはどこも禁止だったので、他の公演の舞台写真はありません。

 


Carousel  回転木馬 @ Sam Shubert Theater ★★★★☆

 オペラを引退後のルネ・フレミングが出演していることで話題。

  https://www.youtube.com/watch?v=eoCHwYkBJlM

 「回転木馬」は1950年初演、オスカー&ハマースタインの作品なのでいわゆる古典ミュージカルなのだが、このプロダクションは演出を一新して、舞台装置がかなり抽象的で、作品世界をシンボリックな形で提示しているのが良かった。例えば遊園地の回転木馬(メリーゴーランド)の装置は屋根があるだけで木馬は無く、屋根の下でダンサー達が踊ることによって「人生は回転木馬のようなものである」ことを象徴的に表している。

 圧巻は2幕のバレエで、主人公の夫が自殺してしまった後、10代のきれいな女性に成長した娘が、主人公がそうだったのと全く同じように、あまり良く知らない若い男性と知り合って恋に落ちる場面。1幕から十数年経って回転木馬の屋根はボロボロに寂れている。その下での娘と男性がセリフなしのダンスだけで出会いから逢い引きまでを描くバレエは、「人生は繰り返される(=回転木馬)」をこの上なく美しく象徴的に描いていて、胸が詰まった。

 ルネ・フレミングは発声が完全オペラの裏声なのでちょっと違和感があったし、どうしてもその役というよりルネ・フレミング自身に見えてしまうが、ブロードウェイのミュージカルに一年近く連日出演するというのは相当タフな仕事に違いなく、それをやってのけているのはなかなか凄い。

 

 

 The Band’s Visit @ Ethel Barrymore Theater ★★★☆☆

 今年のトニー賞作品賞を受賞。

  https://www.youtube.com/watch?v=WxI3kOvW_Ng

  何かの祝典で演奏するためにエジプトからイスラエルに招かれたやってきたバンドが、予定とは違うさびれた町に降り立ってしまい、一晩を過ごす中で地元の人々と心の交流をする話。楽曲は中東テイストのグルーヴ感たっぷりでかなり面白いのだけれども、脚本とキャスティングにちょっと難があり、手放しで良い作品とは思わなかった。地元の友人によると、トランプ政権下で人種差別が悪化しているアメリカにおいて、芸術分野は意識的に政治とは逆の方向を行こうというトレンドがあり、異文化をフィーチャーしている点が評価されてのトニー賞受賞なのではないかということ。

 

  

  Jersey Boys ジャージーボーイズ @ New World Stages ★★★★★

 この作品がかかっているNew World Stagesは新しい劇場で、シネコンのように、建物内に他にいくつか劇場があって、Desperate MeasureやAvenue Qもここで上演している。

 

 60年代のバンドThe Four Seasonsの実話に基づいたミュージカル。バンドメンバー4人それぞれの視点から、バンド結成から分解に至るまでの過程が語られる。数年前には映画化もされている。アメリカに住んでいた者としては、ラジオでしょっちゅう流れていた知っている曲ばかりでとにかく耳に楽しい。

  https://www.youtube.com/watch?v=CGfrE5500p4

 装置は最小限で、役者たち自身による転換のテンポの良さが抜群。無駄のない台本。役者のキレッキレの動き。歌とダンス、セリフの訛り(ニュージャージー州の工業地帯に住む貧しいイタリア系アメリカ人、という特殊な人々の喋り方)、台本、美術と照明、すべての要素が統一されたスタイルと世界観にまとまっている。(この、スタイルの統一、というのが大事!!  日本のミュージカルは、振付けなどがオリジナルの単なるコピーであったりして、スタイルの統一感が中途半端なケースがある)

 物語が進むにつれてバンドのメンバーが一人、二人と抜けてゆき、最後に残ったリードヴォーカルのフランキーが、自分を歌手として拾い上げてくれた元メンバーのトミーへの義理を捨てられず、彼の借金を返すために一人で歌い続けるシーンは泣ける。