戯曲翻訳で大事にしたいこと

 上演台本と訳詞を担当したミュージカル「天才執事ジーヴス」(アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲、アラン・エイクボーン脚本)が現在、日生劇場にて上演中なので、戯曲の翻訳について。

 

 私が戯曲の翻訳で常々大事だと考えているのは、セリフの「語気」と「リズム」を再現することである。

 

 戯曲が小説など他の文芸作品と違うのは、それが人の口で発せられて初めて最終的な作品となることだ。劇作家は、ひとつひとつのセリフがどんな勢いで発せられるのか、そのセリフが相手役や観客の耳に意識的・無意識的なレベルでどんな効果をもたらすかを意識して書いている。戯曲を訳す場合には、話し言葉として自然でなければならないのはもちろんのこと、原作者がセリフの「音」に込めた効果も意識して翻訳しなければならない。

 

 10年近く前、ある劇団がDavid Hare作 “Stuff Happens”という戯曲を翻訳上演したのを観に行った。イラク戦争を題材にした作品で、米軍によるイラク国内での誤爆が相次いでいたことに関する批判に対して、当時の米国防長官ラムズフェルドが ”Stuff happens” と答えたことを扱った芝居である。”Stuff happens” とは「そんなこともあるさ」くらいのニュアンスだろうか。戦争の悲劇をたった二言で片付けたことへの批判がこの戯曲には込められている。

 ところが芝居中ではこのセリフが「ろくでもないことは起きるものだ」と訳されていた。確かに意味はその通り。しかし”Stuff happens” は3音節である。発語としてはとても短い。「ろくでもないことは起きるものだ」は15音節。しかも口はばったい。これではこの作品の命題自体がぼやけてしまうのだ。

 

 意味を忠実に追って英語を日本語にすると、ほとんどの場合日本語の方が長くなるのは致し方ない。たとえば 「ジーヴス」の中に “Not mine.”というセリフがある。たったの二音節。直訳は「僕のものではない」。台本では「僕のではないですね」にしたが、日本語ではどうがんばってもこれ以上短くするのは無理だ。この場面では話している相手が目上なので、「僕のじゃない」と言わせることもできない。これは典型的などうしようもないケース。

 しかし語気とリズムをそろえる余地がある場合も多い。語気が芝居の中で特に重要な役割を果たしている場合には、それを再現する努力をするべきだと思う。

 

 私が以前訳した戯曲に、ネイティブ・カナディアンの劇作家トムソン・ハイウェイが書いた Ernestine Shuswap Gets Her Troutという作品がある。1910年当時のカナダの先住民族の物語。戯曲は英語だが、登場人物たちは先住民の言語シュスワップ語で会話しているという了解のもとに書かれている。セリフには、アメリカやカナダの標準的な英語とは違う陽気でダイナミックなリズムがある。きっとシュスワップの先住民たちはこんな風に景気よくリズミカルに話すのだ。その語気とリズムを、私は日本語でも再現したかった。

 カナダの先住民の哀しい歴史はアメリカのそれと比べてあまり知られていないが、実はアメリカの建国時のネイティブアメリカンと同じような経過を辿った。20世紀初頭のカナダ先住民の生活をユーモアたっぷりに描きつつヨーロッパの侵略の実態を静かに告発した素晴らしい戯曲なので一部だけご紹介したい。

 

“…Never, never serve an easterner bear,” is one of my husband’s more enchanting little… philosophies.  And what’s more, Joe says to me as we’re lying there in bed looking at the ceiling examining out lives from one end to the other, what’s more, Joe says to me, the Great Big Kahoona of Canada is French. French, not English.  Very, very important distinction.  You think all white people are the same, Joe says to me?  You think they all look alike?  Perhaps, but scratch their skin just a little and what you uncover is a totally, totally different animal, Joe says to me.  The French, for one thing, are Catholic, Catholic as a rosary.  The English?  Protestant, Protestant as… a bank, yes, that’s it, a bank.  When Catholics die, Joe says to me, they go straight to heaven.  Protestants?  When they die?  First they go for coffee, then they go to hell.  At least that’s what that old priest used to tell us was the truth God the Father gave the Pope.  Thank God the Great Big Kahoona of Canada is French and Catholic, I says to Joe, and then I kissed him on the lips.  And squeezed his crucifix. 

 

「・・・・東側の人間にはどんなことがあっても熊だけは出しちゃならん」ってのが、うちの人のちょっとしたあれよ・・・哲学ってやつ。しかもあんた、ジョーがさ、ベッドで天井見上げながら、二人で人生のなんだかんだをくっちゃべってる時にジョーが言うにはさ、カナダの大酋長様はフランス系なんだからな。フランスだよ、イギリスじゃない。この違いはお前、とんでもなく大事なんだ。肌が白けりゃみーんなおんなじだと思うかお前。どいつもこいつも大差ないように見えるだろ? 見かけはそうかもしらんがな、ちょこっと皮を剥いでみろお前、あいつら、白と黒ほど違う生き物だよ。ってジョーが言うんだわ。フランス系はさ、第一、カトリックだろ。カトリックってのはそりゃあ信心深いんだ。肌身離さず数珠をだな、お祈りの数珠を持ち歩いてんだ。イギリス系?プロテスタントだよ。プロテスタントってのは、肌身離さず・・・・・・サイフだな、サイフを持ち歩いてんだ。カトリックは死ぬとな、まっすぐ天国に行く。プロテスタント? 死んだとき? そりゃなお前、奴ら、まずはコーヒー一杯。それから地獄だ。ま、これは俺が子供の頃、神父さんが言ってたことだけどな。天の神様から大司教にお告げがあったんだってさ。あたし言ってやったの。よかったねえ、カナダの大酋長様がフランス系で、しかもカトリックでさ。それからあの人の口にちゅっとして、あの人の十字架をきゅっとしてやったよ。