「アクターズスタジオ・インタビュー (英語ではInside the Actors Studio) 」というアメリカの有名な番組がある。NYの名門演劇学校アクターズスタジオの副学長ジェームス・リプトン氏が映画俳優を招いて、生い立ちからデビューのきっかけ、キャリア、出演作品について、俳優としての信条などをインタビューする番組で、日本でも人気がある。
これと同じようなスタイルで有名なオペラ歌手をインタビューする「ダ・カーポ」という番組が1980年代から90年代前半にかけてドイツで放送されていたらしい。「らしい」というのは、私もインターネットで映像をたまたま偶然に見つけたからだ。アウグスト・エファーディングという演出家が当時のスター歌手をインタビューする1時間程度の番組で、YouTubeに録画映像が数多くアップされている。
出演歌手の豪華なこと! ちょっと挙げるだけでも、ヘルマン・プライ、ビルギット・ニルソン、エリザベート・シュヴァルツコップ、イレアナ・コトルバシュ、ニコライ・ゲッダ、ペーター・シュライヤー、ハンス・ホッター、ルネ・コロ、アニヤ・ジリヤ、テオ・アダム、ジェームス・キング、グウィネス・ジョーンズ、グンドゥラ・ヤノヴィッツ、ブリギット・ファスベンダー、グレース・バンブリー、マーガレット・プライス… まだまだ続く。ドイツの番組なのでイタリア系の歌手は少ないが、カーティア・リッチャレッリ、レナータ・スコット、ジュゼッペ・タッデイなども出演している。キラ星のような歌手たちが自分のキャリアやテクニックについて1時間近くたっぷり語ってくれるという、垂涎ものの内容なのだ。80年代にこのような番組が放送されていたとは驚くばかり。もしかしてアクターズスタジオ・インタビューはこの番組をモデルにしたのではないだろうかとも思えてくる。
エファーディングが歌手に尋ねる質問は毎回だいたい同じで、生い立ち、音楽を始めたきっかけ、デビューのきっかけ等から始まり、役をどのように学ぶか、声のテクニックについて、言葉と音楽との関係、指揮者との関係、演出家との関係、リートとオペラの違い、などを訊いていく。その間に、その歌手の過去のオペラ出演映像がいくつか差し挟まれる。
出演映像は代表作だけではなく珍しいものも多い。ヘルマン・プライであれば、「セヴィリアの理髪師」(ポネル演出)などの有名な映像の他に、彼が舞台では一度も歌わなかったというR.シュトラウス「アラベッラ」マンドリカをTV放送用に製作したオペラで一度だけ歌った珍しいシーンが出てきたり。テオ・アダムなら、ワーグナー歌手としてのイメージの強い彼が、ベルリン国立歌劇場「ジュリオ・チェーザレ」で披露しているド迫力のコロラトゥーラはなかなか聴きものである。また、ジェームス・キングがベルリン国立歌劇場でフィッシャー=ディースカウと歌う「ドン・カルロ」のデュエット(カルロとポーザのデュエット)などは、もう声の饗宴に圧倒されるばかり。これぞオペラ、こんな歌が聴ければ何もいりませんという感じだ。(しかも字幕のなかった時代のドイツ語上演。) https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=Us_so5PudVE#t=520
グンドゥラ・ヤノヴィッツの「魔弾の射手」”Leise, leise” (クライバー指揮、ドレスデンシュターツカペレ)も天にのぼる美しさ。
演出家のインタビューらしく、エファーディングは言葉と音楽との関係という部分に特に興味があるようで、「オペラは言葉が先か、音楽が先か」という永遠の問題について、R.シュトラウスのオペラ「カプリッチョ」のテーマである “Prima le parole, dopo la musica”(もとはサリエリのオペラ) を毎回引用しながら質問している。演出家がこういう質問をする理由はよくわかる。オペラをドラマと音楽との融合物と考えた場合、演出家が担当するのは主にドラマの方である。演出家は常に、オペラ歌手に歌手であると同時に俳優であって欲しいと願っている。音楽と同じくらいにドラマや演技にも情熱を持って欲しいという期待があるのだ。(だって、美しい声を出すことにしか興味がない歌手も存在するから。)インタビューではさすがにどの歌手もオペラ歌手らしく、テキストの重要性、すなわちドラマの重要性を強調している。
「役をどのように学びますか? 楽譜でですか、ピアノを弾いてもらいますか、それともレコードを聴いたりしますか?」という質問に対して、印象的な答えをしているのがレナータ・スコットである。ほとんどの歌手が音楽面から入るという主旨の答えをしているのに対して(たとえばヘルマン・プライは、ピアニストに楽譜の伴奏のみを弾いてもらってテープに録音したものを聴く、と答えている)、スコットは「私はまず歌詞をひたすら何度も読みます」と言う。これは意外だった。何故ならイタリアオペラは伝統的にメロディ重視だからだ。イタリアオペラはメロディが美しく覚えやすいので、極端な話、歌詞を忘れたとしてもなんとか歌いつなぐことができるように思う(もちろんそんな事はあってはならないが)。ドイツオペラはテキスト命なのでそうはいかない。私自身も、イタリアオペラを覚えようとする時はまず録音を聴くことから始め、ドイツオペラの場合はテキストを読むことから始めることにしている。だからイタリアオペラを専門にしているスコットが、テキストから入ると言うのは新鮮だった。
彼女はさらに言う。「私は単に歌を歌っているのではありません、解釈をしています。私がやりたいのはドラマの真実を明らかにすることです。オペラは何よりもまず演劇であって、音や響きは後からついてくるもの。声の響きが多少汚くなっても、歌手は演じる人物に奉仕すべきなのです」
これを聞いた上で、このインタビューの中に出てくる彼女の「椿姫」(1973年に来日したイタリアオペラの映像。NHKホール、ニーノ・ヴェルキ指揮)3幕 “Addio, del passato”の映像を見ると、胸を揺さぶられずにはいられない。一瞬一瞬が真実の感情に満ちていて、この一曲を聴いただけでも放心状態にさせられる。
出演歌手の中で、語り口が群を抜いて冴えているのがシュヴァルツコップ。自分のテクニックや歌手としての考え方について隅々まで言葉を駆使して語り尽くしている。彼女は夫のウォルター・レッグと二人三脚で「エリザベート・シュヴァルツコップという歌手」を徹底的に鍛えぬいた人で、自己批評も大変厳しい。彼女は、私が以前から興味を持っている問題についてかなり突っ込んで語っている。それは、オペラ歌手はいったいどうやってあのような特殊な発声をしながらテキストに真実味を込めるのか、という問題である。だいたいオペラの歌唱というのは人間の日常的な話し方とはかけ離れていて、大変な声のテクニックを必要とするのに、歌うことと感情のリアリティを持たせることはどうすれば両立できるのだろうか? この問題についてシュヴァルツコップは、特にソプラノという声種でそれを実現するのがいかに困難かを語っている。他の声種は音域的に人間の肉声にもう少し近いが、ソプラノは通常の会話の音域をはるかに超えている。テクニックとしてそういう発声をしながら、人間の会話として真実味を持たせることは極めて難しいという。「それを達成するには、第三者の助けを借りるしかありません。指揮者や、私の場合はウォルター・レッグのような人の意見を貰いながら、今のはもう少しこうした方がいい、いや今のはこうだ、という風に微調整していくしかないのです」と言っている…ように思う。
シュヴァルツコップはとても早口なので、実は、私は彼女が言っていることの何割かしかわからない。そう、この番組は全編ドイツ語である。正直、私はネイティブのドイツ人の歌手の話はあまり良く聞き取れていない。ドイツ語が母語でない歌手の話は比較的よくわかるのだが…。私はこの番組をドイツ語のリスニング教材として使っている。ニュース番組なんかよりはよっぽど興味を持って聴くことができる。何よりも貴重な資料の宝庫なので、ドイツ語がわかる方は是非観てみてください。
https://www.youtube.com/results?search_query=August+Everding&page=1