9月の観劇記録(演劇編)

バービカンシアター

イプセン作「民衆の敵」

ベルリン・シャウビューネ(ツアー公演)

トマス・オスターマイヤー演出

 

 バービカンでは世界各国の劇団を頻繁に招聘している。このプロダクションはイプセン特集の一環としてベルリン・シャウビューネのヒット作を招聘したもの。英語字幕付きのドイツ語上演。久しぶりに鳥肌が立つ芝居を観た。

 「民衆の敵」は、ある医者が温泉を収入源とする町で水源の汚染を発見し公表しようとするが、町のためにならないとして彼の進言は抹殺され、次第に町で孤立していくというストーリー。アメリカのハイスクールの授業で読んだものの当時はあまりピンとこなかったが、今改めてこの作品に触れると、19世紀の戯曲にも関わらず何と現代性が強いテーマかと驚く。

 このプロダクションは設定を現代に移してゆるい読み替えを行い、若い医者夫婦が仲間達とインディーズバンドを組んでいるという要素も入れたりして、音楽を多用してお洒落な作品になっている。セットはグランジな小劇場テイストで、壁面は黒板。そこにチョークで落書きのようにドアや装飾が描かれている。これは低予算の舞台で真似できそう?!

 演出の目玉は、医者が町の広場で告発の演説を行う場面。彼がしばらく問題提起のスピーチをした後に客電が明るくなり、観客に自由な発言の時間が与えられる。登場人物たちが舞台上でファシリテーターになって観客に意見を求めると、さすがイギリスなのでみんな次々と手を挙げて活発に話しだす。そこまでの展開に対して感じたことや、現在のイギリスや世界全体の政治、経済、大手企業が人間の生活を牛耳っている状況など。登場人物の1人を「お前は悪人だ!」と名指ししたり、現在の政権にもの申したり。きっとベルリンの公演ではさらに活発な議論が展開したことと想像する。

 10分ほど議論が続いたのちに客電が落ちて、物語は再び舞台上に戻る。医者にインク弾が次々投げつけられて、黒板がインクで真っ白になっていく。英語で、状況を粉飾したり取り繕ったりすることをwhitewashというが、文字通り彼の置かれた状況はwhitewashされていく。

 脚本・構成、装置、俳優の質の高さ、どれをとっても素晴らしかった上に、日本人の私としてはテーマの緊迫性に戦慄させられた。ここの観客達はまだ余裕で議論していたかもしれないけれど、日本はまさに今この状況なのではないか…。

 

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クライテリオン・シアター

“The 39 Steps”

脚色 パトリック・バーロウ

演出 マリア・エイトケン

 

 日本で数年前にシアタークリエで上演されたのと同じ演出のプロダクション。同名のヒッチコックのミステリー映画をスラップスティック・コメディにアレンジしたもの。シンプルなセットで、4人の役者が、主役・脇役・エキストラ的な役を含めて全部で130役を取っ替え引っ替え演じる!

 主人公が「窓の外を見ると、スパイ風の男が二人、街灯の下に立ってこちらの様子をうかがっていた…」と言うと、それに合わせて急いで男が二人、袖から街灯を抱えて走ってきて、ポーズを決めて立つ。終わると急いで走って袖に帰る。風が強いという場面では役者が自らコートの裾を持ってバタバタさせる。みたいな感じで、ドタバタがスマートにテンポよく展開していき、お芝居ならではの楽しさを凝縮したような作品。役者の身体能力と演技力がすごい。

 でもシアタークリエ版(出演:石丸幹二 高岡早紀 今村ねずみ 浅野和之)も役者みなさん素晴らしくてすごく面白かった記憶がある。今回こちらで観たのと印象はほとんど変わらない。ロンドンの小さな劇場で観るとやはりセットがしっくり劇場になじんでいるのと、途中で場面がスコットランドに移った際のスコティッシュ訛りのおかしさが英語でないとわからないという以外は、日本でも相当なハイレベルで再現できていたと思う。

 ロングランなので席には余裕があって、当日の午後にぱっと思い立って観に行った。こういう事ができるのがロンドンは良いですねー。