プラシド・ドミンゴ レクチャー@ロイヤルオペラハウス

 ロイヤルオペラハウス(ROH)が定期的にやっているレクチャーシリーズの一環で、プラシド・ドミンゴのトークがあった。新制作「二人のフォスカリ」(ヴェルディ)にバリトン役で出演するのに合わせたもの。聞き手はROHの音楽監督パッパーノ。

 普段はこのシリーズは大きめの稽古場などでやるのだが、今回は特別ゲストとあってROH内にある広いホールで行われた。会場はおそらく千人近い超満員。私はYoung Artistsと一緒だったため、1番前の列で、ドミンゴ本人の目と鼻の先! トーク中に何度も目が合うくらい近いラッキーな席だった。


 本人が登場する前に、パッパーノがドミンゴのROHでの出演履歴を読み上げた。1971年「トスカ」、1972年「ラ・ボエーム」に始まって、今年に至るまでリストは延々と続いた。なんと71年にデビュー後、ほぼ毎年出演し続けているのである。(指揮者としての登場も数回。)さすがに2000年代後半になってからはペースが落ちて、今年は3年か4年ぶりの登場になるようだが、42年間ROHで主演し続けた実績だけでも驚異的。こんなオペラ歌手は後にも先にもきっといないだろう。

 トークでは最初に彼の生い立ちが少し紹介された。これはよく知られていると思うが、ドミンゴの両親はサルスエラの劇団を主宰していて、彼はサルスエラの音楽家として育てられた。メキシコ国立歌劇場を経てイスラエルのテルアビブ歌劇場で3年間活躍したのちアメリカ、ヨーロッパでデビューした。

 

 彼のキャリアや仕事の信条についての質問の合間に、これまでのROHでの出演シーンの映像が差し挟まれた。特に強烈だったのは70年代のトスカ(カヴァラドッシ役)で、その渾身の演技は、映画並みのリアルな演技を求められる現代のオペラ歌手もかすんでしまうくらい、全身全霊で役に没入している(ように見える)。パッパーノのコメント「皆さん、この映像を見てください。何が凄いって、圧倒的な集中力です。身体も神経も精神もすべてをその瞬間に投入している。そこが特別なんです」 

 

 印象に残った(というか、覚えている)やりとりをいくつか。

 

・  リリックテノールにとってロドルフォからカヴァロドッシに移行するのはひとつの大きなステップと考えられているが、あなたは最初からやすやすとリリックとドラマティックの間を行き来していた。どうしてそれが可能だったのでしょうか? 「昔は今と違ってどこの歌劇場も週に7本くらいのオペラをレパートリー上演していました。セットや照明が今より単純だったので、すぐに入れ替えられたからです。今はセットや照明が複雑だし、稽古期間も長いからだいたい週に3本くらいですが。イスラエルでは一週間のうちにロドルフォからカヴァラドッシ、ホセ、ということを平気でやっていた。だから慣れていました」

 

・  これだけ長く歌い続けるエネルギーはどこから湧いてくるのですか?「私の両親はサルスエラのカンパニーを主宰していて、セットやら衣装やら運営面を全て自分たちで行いながら、毎日2回公演を行い、夜1時頃に公演が終わると、その後毎晩次の日の公演の稽古をしていました。毎晩、寝るのは朝の4時とか。あれこそはハードな仕事と言えるものでした。そういう環境で育ったから、仕事とはどういうものか心構えができていたと思います」

 

・  歌い手としてお客様に最も伝えなければならないものは何だと思いますか?「お客さんは高いチケット代を払って、一晩美しい夜を過ごしたいと期待を持ってくる。そのためには自分の役を信じること。役を理解して、よく準備すること。よく若い歌手がオーディションに来て、『カヴァラドッシとは誰ですか?』と尋ねると、トスカのテノール役だとしか分かってない人も多いんですよね。」

 

・  あなたはいつもポジティブなエネルギーを劇場にもってきて下さいますが、「パリアッチ」のカニオのように、舞台に出るのが辛いことはあったんですか? 「それは人生には色々なことがあります。メキシコの地震で多くの知人を失った時は辛かった。それと、ベストの声が出ないとわかっていて舞台に出るのは本当に辛いです。実はお客さんはそれほど気づいてなかったりするんですけどね」

 

・  これほど役に投入・集中しながら発声を保つのは大変じゃないかと思いますが、どうやるんですか? 完全に没入しているのか、それともある程度距離を保っているのか?「コントロールは常に必要です。俳優ならもしかしたら100%没入してもいいのかもしれないけど、歌手はそういう訳にはいきません。ある時カルメンの4幕を稽古していて、あまりに白熱したのでカルメン役のカーティヤが心配して、「大丈夫?」と訊いてきたので、私はホセのポーズを保ったままウインクして返しました」

 

・  ロマンティックなテノールからバリトン役に転向するのは、発声のテクニックだけじゃなくて心理的にもアジャストが必要だったんじゃないですか? 「見かけがロマンティックな若い男じゃなくなってるし、自分自身にも子供がいて、孫も出来て、自分の役割というものを考える。昔から私はバリトンの歌も好きだし、ヴェルディのバリトンにはヴェルディの核となるものがつまっている。それに私は今回のフォスカリの役よりは若いんですよ、彼は89歳でしたから!」(フォスカリは実在の人物。)

 

 

 ドミンゴ氏は気の利いた切り返しやジョークで場を盛り上げるというタイプではない。温厚で、訊かれたことにあくまで誠実に答える。これはもしかすると彼の仕事に対する姿勢そのものではないか、だからこそこれほど長いキャリアを保ってこれたのではないかという気がした。いくら観客に人気があっても、仕事に対する姿勢が悪ければそれは必ず本人に跳ね返ってくる。

 パッパーノは「よく知られていることですが、彼は出演キャンセルをほとんどしません。それに稽古場で自分自身を惜しみなく分け与える姿勢が素晴らしい。いつも全力投球で、それによって周囲がエネルギーや情熱を受け取っている。ガラコンサートでも何でも、常に100%以上を出す。小さな声帯だけを仕事道具とする歌手がそういう姿勢を持ち続けるのはとても勇気のいることではないでしょうか。」

 何よりもパッパーノのドミンゴに対する尊敬がとてもよく伝わって来るトークでした。


 ちなみにその一日前に「フォスカリ」のゲネを観たのだがこちらは、全体的にあまりぱっとしない仕上がり。ドミンゴのせいではなくて演出が凡庸だったから。プロンプターをめったに使わないROHだがさすがにこの歳で初役をやるにはプロンプが必要だったらしく、セットのかなーり目立ちにくい位置にプロンプターボックスが設置されているのを発見。まあそりゃあそうだろう…。

  

 レクチャーの模様はライヴで配信され、ROHのサイトにも出ています。

http://www.roh.org.uk/news/your-reaction-placido-domingo-in-conversation-livestream

 

 

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