オペラは逆算の芸術

 オペラは逆算の芸術だという考え方を去年イギリスで学んだ。

 演劇の台本は基本的にセリフとト書きが書かれているだけなので、どんな口調、語気、ニュアンスでセリフを言おうと役者と演出家の自由だが、オペラの楽譜には最初からテンポやトーン、語気、間合い、どこで言葉を切るかなどが書き込まれている。歌い手はそれを見て、「この人物はこの時どういう心理状態であればこういう音になるか」を逆算して歌唱と演技を作らなければならない。つまり演技によって作曲家が書き込んだ音楽を正当化させるということである。

  歌唱がうまくいっていない場合、もしくは楽譜に書かれているような歌唱になっていない場合、演技的な方向性を修正すると歌も修正されることが多い。

 たとえば高く長く音を張る箇所で、声が「抜けてしまっている」と音楽サイドから指摘された場合、演出サイドから「相手を説得し続けて」というようなアドバイスをすると、歌唱も抜けなくなったりする。

 その際、演出の指示の仕方は「もっと攻撃的に」等といった形容詞ではなく、「相手を非難して」とか「威嚇して」というような、相手役に影響を与えることを目的としたアクション動詞で指示するほうが演者にとってはるかにやりやすい事は、ジュディス・ウエストン著・吉田俊太郎訳「演技のインターレッスン」という優れた俳優指導術の本から学んだ。

 指揮者が稽古中に「そのフレーズは色を変えて」と言うことがある。色というのは表現の結果なので、修正の仕方としては、色を変えようとするのではなく、前のフレーズとは違う思考・意図をもって歌うと結果として色が変わる。

 

 

 現在演出中のコンサート(今週金曜本番)の稽古では、グラーツでコレペティションを専門に勉強中の原田太郎さんと共に、こういった音楽サイドと演出サイドの共同作業ができていて充実した時間を過ごしています。若い歌手たちが輝いてくるのを見るのはとても幸せな時間です。

 9月4日(金)19:00開演 古賀政男音楽博物館けやきホール 

 プログラム:魔笛、フィガロの結婚、トスカより抜粋

 企画・ピアノ:原田太郎

 出演:今井俊輔、遠藤紗千、大塚雅仁、喜田奈津子、前川健生、村松恒矢、藤田貴子、目黒知史、廣森彩