オペラの衣裳:誰が何を、何故着るか

オペラの衣裳:誰が何を、何故着るか

 昨年購入したこの本は、アメリカのオペラ衣裳デザイナーが書いたオペラの衣裳についての解説本。”Costuming for Opera: Who Wears What and Why”「オペラの衣裳:誰が何を着るか、及びその理由」。オペラの主要作品のキャラクター達が着るべき衣裳とその理由について解説してある。(ただし、オーソドックスに描かれた時代通りに演出した場合の衣裳の話。)オペラが設定されている時代の風俗や社会背景、習慣、流行などと併せて書かれているのでとても勉強になる。

 現在「フィガロの結婚」と「セヴィリアの理髪師」に取り組んでいるところなので、「フィガロ」の各キャラクターについて書かれていることをかいつまんで書き出してみます。それぞれとても詳しいので、特筆すべき部分だけ抜き出して。

 

全体について: 

・  設定がセヴィリアのそばなので、全体的に衣裳にもスペイン風の味付けが欲しい。この時代のスペインの服装について最も参考になるのはゴヤの絵画である。特に彼のタペストリーには様々な社会階級の男女が描かれている。その地方らしさというのは主に女性のヘアスタイルや髪の飾りに表れている。

・  上流階級はだいたい当時のヨーロッパの流行スタイルに沿った服を着るのが普通。それ以外の、中流階級・召使い・農民などについては、階級が低くなるほど地方色が出るのが原則である。

 

 

スザンナ

・  第一幕の冒頭でスザンナがcapello(帽子)を試していることになっているが、capelloと言ってもこれは実際には帽子ではない。当時、花嫁が自分の頭につける被り物にオレンジの花を付ける習慣があり、それをフランスでchapeau de la mariée と呼んだ。原作の中でフィガロが省略してchapeau(帽子)と呼んだものを、その習慣を知らないダ・ポンテがイタリア語のcapelloに訳したものと思われる。つまりスザンナがここで着けるべき物は、オレンジの花とチュールで出来た小さなリースにヴェールが付いた物である。彼女は召使いなのでヴェールはあまり長過ぎず、腰くらいの長さが良い。

・  スザンナの基本衣裳は、アンダースカートとコルセットの上にポロネーズというドレスを着けるのが適切。ポロネーズはスカートが部分的にたくしあげられて中のアンダースカートが見える形になっているもの。

ポロネーズ

・  スザンナのトレードマークとしてはmobcapと呼ばれるキャップとエプロンがおすすめ。エプロンは当時、利便性というよりはファッションアイテムの一つであり、贅沢品とされた。結婚式の場面でもエプロンをはずす必要はない。

mobcap

・  花嫁が白を着るという習慣は実は19世紀以降のものである。そのためスザンナは結婚式の時に白を着る必要はない。その前の登場場面からの着替えの時間もないので、白いヴェールを着けるだけで構わない。

 

伯爵夫人

・  ボーマルシェは原作で、オペラの2幕に相当する箇所での伯爵夫人の服装を「楽なネグリジェ」と書いている。これは、当時の上流階級の正装は重厚で、特にヘアスタイルを整えるには大変な手間を要したため、ドレスアップが必要な時間になるまでは部屋着でいることが許されていたためである。よく絵画で当時の貴族がガウン姿で描かれているのは、社会的にそういったドレスダウン状態が受容されていたことによる。ここで書かれているネグリジェとは具体的には、たっぷりした床まで届くシュミーズ、前開きで、首のところにある紐で縛る形になっているもの。袖は豪華なデザイン。これをエレガントなコルセットとアンダースカートの上に着る。当時は屋内でも女性は何らかの被り物を身につけるのが普通なので、伯爵夫人も髪をおおうbaigneuseというキャップを被っていてもよい。

ネグリジェ

bagneuse


・  スザンナの結婚式にはエレガントなドレスを着るが、宮廷の祝い事の時ほどの正装ではない。

・  この作品ではピンがよく出て来るが、確かにピンは当時の女性が日常的に使っていた。服装の様々なアイテムはピンでドレスに留めるようになっていた。例えばパニエに上にスカートをはく時、ローブをスカートの上に着る時、帽子やボンネットを留める時など、すべてピンが使われた。これは割と最近まで修道女の習慣として残っていた。

・  3幕では伯爵夫人は背の高い白いウィッグも適切である。ただし召使いの結婚式なのでこれもやはり、あまり羽根や真珠などで飾り立てない方が良い。

 

マルチェリーナ

・  マルチェリーナは作品の中で成長を遂げるという意味で、実は最も興味深いキャラクターである。人物が作品中に成長するというのは18世紀の演劇ではまず無いことだった。最初は苦々しげで攻撃的な年増の女中が、最後には賢く、ハッピーで思慮深い婦長になるのである。そういった変化を衣裳でも表現できるのが望ましいが、なかなかそういうプロダクションを見たことはない。

・  彼女は高貴な生まれであると主張しているので、1幕はネグリジェ姿でも良いかもしれない。ただし彼女の場合は全体的にバカバカしいくらいにやりすぎ感を出したい。彼女の部屋着は伯爵夫人のものの2倍くらいたっぷりしていて、被り物も3倍くらい背が高い。口紅はどぎつく、化粧ほくろも多過ぎにする。フリルやリボンもたっぷり着ける。

・  2幕、3幕ではキャラコを着せたい。キャラコは18世紀特有の上半身に着るアイテムで、後ろに布が垂れ下がっている。若作りしている中年女性にピッタリである。

キャラコ

・  6重唱で息子としてのフィガロと再会した後は劇的に変化する。ここでようやくボーマルシェが書いた通りの服装になると良い。スペイン風の威厳のある黒いドレスに黒いレースのキャップなど。

 


次回は男性キャラクターについて書きます。