アントネッロ音楽劇「エソポのハブラス」

アントネッロ音楽劇「エソポのハブラス」

 ただいま稽古中、古楽アンサンブル・アントネッロの音楽劇「エソポのハブラス」(イソップ童話)が11月3日に東京文化会館で上演されます。

http://www.anthonello.com

 

 イソップ童話は戦国時代、すでにヨーロッパから日本に伝わっていました。来日した宣教師たちがキリスト教とともに日本に持ち込んでいたのです。ヨーロッパに派遣された天正遣欧使節の少年4人が持ち帰った活版印刷機を使い、イソップ童話は “ESOPONO FABVLAS”(「伊曽保物語」) というタイトルでイエズス会により出版されました。これは日本語に訳されたイソップ童話をローマ字で表記したもので、日本人にヨーロッパのお話を紹介すると同時に、宣教師たちのための日本語教材としても使われていました。

 このコンサートでは、「エソポのハブラス」を意気揚々と携えたヘナチョコ宣教師のゴンサロと、実在したキリシタン武士の妻竹田イネスとの笑って泣ける恋物語を、当時のスペイン及びポルトガルのルネサンス音楽とともに綴ります。ゴンサロを演じるテノール中嶋克彦さん、イネス役の阿部雅子さん、ともに役にピッタリの絶妙なキャスティングです。


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 思えば、1500年代後半から1600年頃にかけての日本とヨーロッパの交流は、世界史において奇跡的な輝きをもつ瞬間であった。大航海時代、命の危険を冒して極東まで旅して来た宣教師や商人たちは、そこで初めて、ヨーロッパとは全く異質ながら高度な文化を持つ国、日本と出会う。現代にようにインターネットもなければテレビも写真もなく、手紙以外に情報伝達の手段がない時代に、初めてこの島国に接した彼らの驚きはいかばかりであったろうか。日本の特筆すべき点は、自分たちの文化とは全く異なるものの、そこには教育レベルの高い人々と社会(勿論階級によって差は激しかったが)、高度な文字文化、建築、洗練された芸術があったことだ。

 面白いのは、日本という国のレベルの高さを正確に認識したのは他の誰よりもイタリア人宣教師であったことだ。当時来日していた宣教師の大半はポルトガル人であったが、彼らは他国の征服を信条とする国から来ており、基本的に他文化を見下す傾向があった。しかしルネサンスの人文主義を経験したイタリアから来た巡察師ヴァリニリャーノは高い見識眼を持っていた。日本の文化が優れていること、日本人の知識欲が高いことを理解し「この国での布教は当地の文化を尊重した上で行わなければならない」との方針を下したのだ。

 日本からローマに使節を派遣することを考えたのもヴァリニャーノだった。ヨーロッパから遠く離れた極東にこのような優れた民族がいることをローマ教皇自身に理解してもらって直接の援助を受けられるようにすることが必要だと彼は考えた。同時に、若い有望な日本人男子たちにヨーロッパを直接体験させること、また、印刷機を持ち帰らせて日本で書物を発行させようという目的もあった。

 12歳そこそこで日本を離れ、2年もの長い月日をかけて船旅でたどり着いたヨーロッパで少年たちが見たものはどれほど彼らを驚かせたことだろう。彼らは各地で熱烈な歓迎を受け、ローマ法王にも接見し、フィレンツェではメディチ家に歓待された。日本とルネサンス・イタリアが直接の交流を持った唯一の輝かしい記録である。

 しかし、8年後に帰国した4人を待ち受けていたのは全く違う日本だった。出発の頃はキリシタンに寛容だった織田信長が実権を握っていたが、帰国した彼らを待っていたのは、異教の迫害へ傾いていた豊臣秀吉が天下を取った日本だった。彼らはやがて殉教・国外追放となり悲惨な運命をたどる。

 この音楽劇に登場する竹田イネスも、敬虔なキリシタンだった夫と運命を共にして処刑される。

 

 先月末、今年1月に演出したアントネッロ「エウリディーチェ」佐川吉男音楽賞授賞式がありました。

 今回のコンサートも最高に楽しい演奏会にするべく稽古中です!


参考文献

若桑みどり「クアトロ・ラガッツィ:天正少年使節と世界帝国」

北野典夫「天草キリシタン史」葦書房有限会社