劇団四季「ノートルダムの鐘」

 

 劇団四季の新作「ノートルダムの鐘」12月11日の開幕までの数日間、音楽監督の通訳をしていました。劇団四季では「ウィキッド」以来、「春のめざめ」「リトルマーメイド」「アラジン」初演での稽古場通訳をさせていただいて今回が5本目になります。最近は大学の仕事もあり長期で通訳の仕事を受けることが難しくなってきて、今回は最後の数日しかできなかったのですが。

 ディズニーのいわゆるスペクタクル系舞台は個人的には好みではないのですが、今回の作品は四季としては異色の大人なテイストで、演出がとても興味深いです。

 

 「ノートルダムの鐘」は1996年にディズニーのアニメ映画として公開。作曲は「美女と野獣」や「リトル・マーメイド」「アラジン」と同じアラン・メンケン。これが舞台化されたのが2014年で、サンディエゴとニュージャージーで上演されたものの、ブロードウェイでの上演には至らず。アメリカでの公演を観た劇団四季のプロデューサーの強い希望で日本での上演となったとのこと。原作はヴィクトル・ユーゴーの小説です。

 

 ストーリーは:せむし男のカジモド(Quasimodo = 出来損ないの意)は、その容姿から養父の司祭フロローにパリ・ノートルダム寺院で鐘突き塔に閉じ込められて暮らしている。友達といえば塔のガーゴイルたちだけ。祭りの日に初めてこっそり街に出た彼はエスメラルダというジプシーに出会って恋をする。しかしフロローもエスメラルダに執心し、彼女が自分のものにならないと分かると、魔術を使うジプシーと決めつけて火あぶりの刑にしようとする。カジモドはエスメラルダを救い出すが彼女は死んでしまう。カジモドはフロローを塔から突き落として殺し、のちに彼女と共に遺体で発見される。

 

 現場に入る前はアメリカ版のキャストCDを聴き台本を読みながら、巨大な装置を駆使した派手な舞台を想像していました。しかし舞台は想像よりずっとシンプルで、機械ではなく役者の力をフィジカルなスタイルで駆使した、創造的で演劇的なものでした。

 

 冒頭でアンサンブルが問いかける「誰が怪物で、誰が人間だと何が決めるのだろうか  (“What makes a monster and what makes a man?”) 」という問いが、この作品の基底をなしています。人間は見かけで怪物と決めつけるが、本当の怪物は一見普通に見える人間の内側に存在しているのではないかと。

 その歌詞に合わせて、カジモド役の俳優が普通の人間の姿で舞台に登場し、観客の目の前で布製の「こぶ」を背中にしょってヒモで体に巻き付け、その上からコートを着て、自分で顔に汚しを塗りたくり、体をねじり、ものの数秒で見事に奇形のせむし男に変貌します。ここがまずビジュアル的に衝撃を与えます。

 カジモド、フロロー、エスメラルダなどの主要キャスト以外のアンサンブルは、基本の衣裳がグレーの修道僧姿。それを脱いで町の人などの様々な役になります。面白いのは、アンサンブルがガーゴイル(大聖堂などによくある怪物などをかたどった石の彫刻)を修道僧の姿で演じること。ガーゴイルこそは奇怪な凝った衣裳メイクを想像していたのですが、それとは真逆の発想で、シンプルなグレーの修道僧姿。観客の想像力に頼った手法に、目からウロコが落ちる思いでした。

 ラストの演出も秀逸で、再び繰り返される「誰が怪物で誰が人間なのか」という歌と同時に、舞台上でカジモドが舞台上で汚しのメイクをぬぐい、姿勢をもとに戻して普通の人間になります。それと同時に、彼を囲んでいた町の人々が自分で顔を汚し、体をねじまげて怪物になっていきます。外見上の怪物と、彼を嘲笑って楽しむ町の人々と、どちらが本当の怪物なのか?これもゾクっとする演出です。

 舞台装置は、大聖堂の鐘だけはかなり大がかりなものの、それ以外はシンプル。木製のフレームやベンチを役者がさまざまな形に並べる見立ての手法で、いろいろな場所への移動を表現します。その動きも見事で、四季の俳優のアンサンブル力が生きています。

 

 演出はスコット・シュワルツ。「ウィキッド」の作曲者であり「ノートルダムの鐘」の作詞者であるスティーヴン・シュワルツの息子です。演出のコンセプトは「中世の典礼劇のように、教会の中で町の人が身の回りにあるものを使って演じるイメージ」とのこと。そのコンセプトに貫かれた手法がこの舞台を知的で創造的なものにしているように思います。

 

 すでに来年春まで売り切れのようなのですが、ご興味があったら是非観てみてください。

 

 さて、もう年末になってしまいました。来年の年明けは小澤征爾音楽塾「カルメン」の演出助手、そして2月に洗足音大でミュージカル「この森で、天使はバスを降りた」(原題:The Spitfire Grill)の台本翻訳・訳詞・演出をする予定で、準備をしているところです。来年もどうぞよろしくお願いいたします。