ROH「ラ・ボエーム」リチャード・ジョーンズ インタビュー(2)

ロイヤルオペラハウス「ラ・ボエーム」新制作にあたり、演出家リチャード・ジョーンズのインタビュー 続き。

 

O: 今回のボエームでは作品のどういった部分を掘り起こそうと考えましたか?

 

R: それはなかなか答えにくい質問です。ヨーロッパ(大陸)でオペラを演出すると、特にドイツなどでは「コンセプトは何ですか?」と訊かれるのですが、私はいつもその質問をされると追いつめられた気分になります。ボエームについて特筆すべきものがあるとすると、テキストの素晴らしさと、各キャラクターがいかに良く描かれているかという点です。そこが自分にとっては一番重要です。

 

O: 新制作の際、創作はどんなプロセスを取りますか?装置などのデザインも含めて。

 

R: オペラの場合は演劇と少し違います。オペラの場合はまず音源をひたすら聴きます。そして台本も何度も読み、それを素材が自分の中に入り込むまでやります。それからストーリーボードに絵を描きます。それを装置家のところに持って行きます。だいたい装置家に絵を笑われますが(笑)。それから模型作りになります。出来た模型を劇場に見せて「それは無理だ、お金がかかりすぎる」と言われます(笑)。

 

O: 稽古のプロセスはどんな感じですか?

 

R: そうですね…。まず時間の問題がありますね。ここの劇場に来る歌手は国際的に活躍している立派な人たちばかりで、稽古期間は3週間。その中で複雑な舞台作品を仕上げなくてはならない。演劇であれば、物語の裏にあるバックストーリーの部分まで掘り下げたり、俳優が強い感情の記憶(注:スタニスラフスキーメソッドの一つ)を持てるようなエクササイズをやったりして、役柄が立体的になるように工夫し、その上で演じてもらうようにしますが。この劇場では、歌手にバックストーリー関連の色々な情報を与えはしましたし、それを消化してくれたとは思います。ROHでは稽古初日にキャストに対して模型のプレゼンをやるのですが、それが結構疲れるんですが、自分が喋っている内容に疲れてしまいまして、ふと思い立って稽古ピアニストのジェームスを指して立ってもらい、あと、稽古場にいたインターンのスタッフにも立ってもらい、「みなさん覚えててください、この話はこういう世代の人たち(とても若い人たち)の話です」と言いました。この作品の一番重要なところはそこです。その後、残りの時間で多少バックストーリーの話もしました。ただ稽古期間が3週間だとかなりのスピードで進めないといけないですし。この作品についてはかなり早く立ち上げることができたと思いますが。私は演技の指示をする際、目的を使ってやります(注:これもスタニスラフスキーのテクニック)。役者に「この役は今何を欲しているのか」を意識させます。ロドルフォ役のマイケルにも「この役は今何をしようとしているのか」「何を得ようとしているのか」をよく訊ねました。そういう率直なやり方です。

 

O: トニー(指揮者のパッパーノ)、今回のキャストと作業をするのはどんな感じでしたか?

R: トニーとは何度も一緒にやっているんですよね。彼は唯一無二の人です。

 

0: どういう意味で? (観客、笑い)

R: 彼はイタリアの最高級の職人みたいですね。稽古場に入って来る様子も、工具か何かを持ってきて仕事を始める感じで、容赦ない。知識も膨大。歌手に対してはダイナミクスなど貪欲に要求します。何もやり残しをしません。(観客、笑い)いや、それは純粋に情熱から来るものなんですが。ダメ出しをする時はまず彼に「お先にどうぞ」と言って、彼がやっている間にこっそり、それに対して自分の作業をどう調整するかを考えます。逆に彼のほうも私のほうの作業を見て自分の内容を調整してくれているといいと思っていますが、それはわかりません(観客、笑い)。とにかく彼に先にやってもらうことで私もこっそり解釈を借りたりします。

 

0: このキャストについてはどうですか?

R: ベノアをやっているジェレミーとは以前に仕事をしたことがあります。あとはコッリーネをやっているルカとはエクサンプロヴァンス音楽祭でヘンデルのオペラを一緒にやりました。みんな素晴らしいしそれぞれ個性があります。マイケル・ファビアーノ(ロドルフォ)は恐ろしく頭がいい。慎重な人です。役へのアプローチの仕方も、ABCDEの要素すべて揃っていて欲しい人です。まだ全力で演技をしてはいませんが、全力でやったらどうなるかは想像できます。ニコル・カー(ミミ)は洗練された美しい演技をします。マリア・アグレスタ(もう一人のミミ)は大きなハートがありカリスマ性のあるパフォーマーです。

 

O: いいアンサンブルを作ることができたのではないですか。

R: わかりません、3週間では…。歌手がお互い知り合いなので、(そこはいいですが)

 

O: なぜボエームはこんなに人気があると思いますか? 世界で最も上演回数が多い3つのオペラのうちの一つですが。

R: まあ、そうなる理由はわかります。(観客、笑い)内容が日常生活ですよね。喧嘩したり恋に落ちたり。ごく普通の日常があり、そして最後に悲劇的な事が起こる。これがとてもショッキングです。我々が皆体験することです。だからみんなこの作品に強く感じるところがあるのではないでしょうか。

 

O: オペラに書かれているテーマの中で特に現代の我々にとって意味のある部分はありますか?

R: そうですね、貧困がそうですし、病気もありますが、劇場に足を運んで実際に観る体験が一番ではないでしょうか。喜び、悲しみ、そういった人間として大事な体験がそこにあります。

 

O: 2幕では物質主義がフォーカスされているように思いますが。

R: そうですね、このプロダクションではそうです。カフェ・モミュスでのボヘミアンとブルジョアの人物たちの対比という意味で。

 

O: 最後にもう一つ質問です。世界中のオペラハウスで仕事をされていますが、ロイヤルオペラハウスでの仕事で特に特徴的なことはありますか?

R: 運営がすばらしいです。(観客、爆笑。=インタビュアーのオリバーがオペラ部門の芸術監督なので彼を褒めているような形)

 

O: 私がそう言うようにお願いしたんです。

 R: いや、本当です。そういえば君は確かに第二助手でしたね。(笑い)ええと…。稽古が時間通りに始まる点です。

 

O: それって珍しい事ですか?

R: まあ、場所によりますが…。でもさっきも言いましたがオペラで働く場合は銃をうまくよけていかないといけないので。

 

O: 劇場に幽霊がいるという話を先ほどニコール(歌手)がしていましたが。(注:本物の幽霊のことではなく、過去に偉大な歌手が山ほど出演しているので、そういう人たちの威光を感じるという意味)

R: 私はあまり伝統や遺産に価値を感じるタイプではないです。そんなに幽霊は感じません。…これで終わりですか?

 

O: 終わりです。

R: やった!(観客、笑い)

 

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リチャードはコンセプトの話をほとんどしていない。彼は物凄く敏感で、シャイで、大勢の前で話をするのは好きではない人。本当はこういう人前のインタビューも好きではない。それは二期会のばらの騎士で記者発表の通訳をした時もひしひしと感じた。(自分の仕事について滔々と語れる演出家と、むしろ話す事を恥ずかしがるタイプの演出家がいる。アントニー・マクドナルドの記者発表の通訳をした時は、彼がいかに「夏の夜の夢」を愛しているかを滔々と語っていたのが印象に残っている。)

リチャードの頭の中にはものすごく綿密は世界観が爆発しそうなほどにうごめいている。舞台作品を創ることによって頭の中にあるものを外へと移し替えて構築しようとするのだが、美術や建築などとは違い、舞台演出という仕事の場合、頭の中と外との間には、生身の人間と接するというバリアが立ちはだかっていて、そこを避けたいと思いつつ演出家という職業上避けることができないので、四苦八苦しながら切り抜けている。そういう風に思える。

 

ボエームの稽古が3週間、というのをしきりに言っていたのは、3週間では一つの作品を自分がイメージするクオリティに持って行くにはとても足りないからである。例えばグラインドボーンであれば稽古期間が2ヶ月近くに及び、その間ほとんどのキャストがそこに泊まり込んだり近くに宿をとったりして、合宿状態の濃密な時間を過ごしながら作品が作れる。リチャードの作品は超綿密なので、本当はそれくらい時間とエネルギーを投入しなければ自分の世界観を実現できない。しかし現実にはROHでは3週間しか与えられていないから、ごく大まかに形をつける事しかできない。しかも国際的に活躍しているスター歌手の場合、それぞれにプライドや経験があるので、グラインドボーンのように比較的若くてROHほどの経験のない歌手とやる時のように柔軟にはいかない。という不満がありながらも、時間的制約の中で割り切って立ち上げた。という本音が感じられる。

 

このプロダクションは11月24日よりTOHOシネマズ日本橋で上映される予定です。楽しみ! http://tohotowa.co.jp/roh/movie/la_boheme.html