Toi toi toiの由来

 アメリカのハイスクールでミュージカルを経験して、”break a leg”という表現を覚えた。アメリカでは出演者は本番前にお互い “good luck”と言う代わりにこのフレーズを使う。その後オペラの世界に入って”toi toi toi”というフレーズを知った。最近フェイスブックでtoi toi toiの由来に関する記事がシェアされていたので、訳してみます。

 

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 オペラでは本番前によく、歌手がお互いに toi toi toi と声をかけるのを聞く。発音は「トイトイトイ」で、フランス語のように「トワトワトワ」と発音するわけではない。この不思議な伝統は、迷信深いパフォーミングアーツの習慣と多文化なオペラの歴史からきている。Toi toi toiはどんな意味で、どのように生まれたのだろうか?

 劇場で働く人々は、様々な職人たちの中でも最も迷信深いと言われる。元々西洋演劇では長い間、舞台の裏方を船乗りたちが担っていた(訳注:舞台のバトンなどを上げ下げする綱の仕組みは、船のマストの昇降の技術を取り入れたとされている)。 船乗り達が船上の伝統や迷信を持ち込み、それが生き残ったのである。たとえば船の甲板で口笛を吹く行為は縁起が悪いとされていて、そのため、舞台上や舞台裏で口笛を吹くのも縁起が悪いと考えられている。そして最も縁起が悪いのは、出演者に “good luck”を言うことである。

 「トイトイトイ」はつばを吐く音の擬音語で、魔除けのために行う。必ず3回繰り返すことになっており、相手をハグしながらその人の肩に唾を吐きかける仕草を伴うこともある。イディッシュ、ヘブライ、古いドイツの伝統で、つばには魔除けの効果があると信じられていた。これが何故オペラと結びつけられるようになったかは謎だが、劇場という迷信深い場所においては、魔除けになるものは何でも必要なのだ。

 歌手は “in bocca al lupo”と言い合うこともある。イタリア語で「オオカミの口の中」という意味である。対する応えは Credi il lupoもしくはcrepiで、「オオカミが死にますように」という意味。これはイタリア語の慣用句で、野獣の口に挟まれているような危機的状況を指す。これもなぜオペラで使われるようになったかは不明だが、イタリアの演劇や音楽の伝統がそのままオペラに持ち込まれたと考えられる。

 アメリカの演劇では、本番前に最も良く使われるフレーズは “break a leg”である。このフレーズの由来に関しては様々な説がある(訳注:私が以前読んだ資料では、舞台の袖幕のことをlegと呼ぶので、「本番が大成功で何度もカーテンコールが繰り返され、幕の上げ下げをしすぎてlegの一本も壊れるくらいに盛り上がりますように」という意味だと書いてあった)。バレエではフランス語の”merde”(クソ)を言い合う。これはその昔、裕福なパトロンは馬車で劇場に通う習慣だっため、劇場の前にたくさん糞が落ちているほど良かったから、というのが通説になっている。

 

Why do Singers Wish Each Other Toi, Toi, Toi?”  by Rebecca Ann S. Kirk, Boston Lyric Opera, December 18, 2015

 

 

 

 さて、そもそもどうして演劇の人々はそんなに迷信深いのか。それは劇場という場所が色々な意味で「絶体絶命」な場所だからだと思う。

 まず、劇場は物理的に危険な場所だということがある。スタッフは舞台面から数メートル上、時には数十メートル上のブリッジや簀の子まで上がらなければならないし、舞台前にはオーケストラピットがあるし、地下数十メートルまで下がる迫りもある。大きな舞台装置が倒れたり、吊り物が落下したりといった事故は時々起こるし、時には死亡事故にもなる。劇場の仕事は常に危険と隣り合わせだ。

 ある時イギリスの演劇学校の先生と話していて、会話に何度も “Scottish play”という言葉が出て来たのだが、初めはそれが何のことかわからなかった。しばらくしてそれがシェイクスピアの「マクベス」の事を指していると気づいた。聞けば、”Macbeth”というタイトルを口に出して言うのは縁起が悪いので、イギリスの演劇人はScottish playという言い方をするというのである。マクベスを上演するとよく舞台で事故が起きるのだとか。アメリカでは私の知る限り、この戯曲のことを 普通に“Macbeth”と呼んでいたから驚いた(でもそれは学校でのことだったので、プロの世界はまた違うかもしれない)。さすが演劇の国イギリス、演劇の歴史が長いだけあって慣習も多彩なのだろう。日本でも歌舞伎で「四谷怪談」を上演する時はゆかりのある神社などにお参りに行く慣習がありますよね。

 それから、何百人、何千人の観客の前で歌い演じることの恐ろしさもある。本番が無事にうまくいき大喝采となるのか、冷めた拍手に迎えられるのか、はたまたブーイングに見舞われるのか、終わるまでは誰にもわからない。途中で歌詞やセリフを忘れてパニックにならないとも限らない。何か事故が起きて上演が途中で止まってしまうかもしれない。舞台は毎日が生ものでスリル満点。だから演者は精神的なサポートになるものなら何でもすがりたくなるのだと思う。