サロメ(1)

  来月末から二期会「サロメ」に演出助手として参加するので、現在作品を勉強中。

 ここまでで考えたこと。

 

「サロメ」の主要なテーマの一つに「視線」がある。

 単なる視線ではなく、見てはいけないものを見る「覗き見」、タブーの視線。

 城中の男たちが淫靡な視線でサロメを見つめている。

 サロメはそれをわかっていて利用している。

 しかし、彼女が唯一惹かれる男性ヨカナーンだけは、彼女を見ようとしない。

 

 「サロメ」はナラボートの「なんて美しいんだ、今夜のサロメ姫は!」というセリフで幕を開ける。サロメに魅せられてしまったナラボートは彼女から視線を外すことができない。

 小姓はそれを咎め、「そんなに見てはダメだ、ひどいことが起きる」と繰り返し警告する。

 なぜサロメを見るとひどいことが起きると思わせるのか?

 それは、他でもない王が彼女に欲情して扇情的に眺めていることを、みんな知っているからである。

 しきりとサロメを見つめるヘロデは、妻(サロメの実の母親)ヘロディアスに、「彼女をそんなに見ないで」となんども窘められる。

 ヘロデ王はサロメの父親ではなく叔父にあたる人だが、王が姫を性的な対象と見ることは、当然タブーでありスキャンダルである。城のものは公にそれを口にはできない。

 だからナラボートや兵士たちは、サロメやカッパドキア人に何を聞かれても「わかりません」と答える。

 実際は、城の者はみんな知っているはずだ。ヘロディアスが前の夫に飽きて今の王と結婚したことも、ヘロデが妻に飽きて義理の娘に手を出しかけていることも。どんな組織でも、上層部の人間関係の秘密はいつの間にか全員に知れ渡っているものだ。

 きっとその場には、サロメを眺める王を眺める周囲の好奇の視線、と言うのもあるはず。

 サロメは男たちの視線にまみれながら育ってきた。自分が男の欲情をそそることは知り抜いている。だからナラボートに「預言者を井戸から出して」と頼む時、「私を見て、私を見て!」と挑発する。自分を見さえすれば男が屈服するのがわかりきっている。

 ヨカナーンに対しても「私を見てくれさえすれば、私を愛したのに!」と言う。

 

 問題はこれまで誰も、彼女の外見でなく人格に関わろうとする者がいなかったことである。母親は彼女をライバルとしか見ていない。実の父親は死に、義理の父親は彼女を性的対象にしている。彼女は外見以外の自分の価値を知らないし、誰かに認めてもらったこともない。だからそれ以外の方法で他人と関わるすべを知らない。

 

 彼女がヨカナーンに興味を持つのは、彼の外見によってではない。彼女は彼の姿がまだ見えない段階で、彼が自分の母親についてひどいことを言うらしいと知って興味をそそられる。

 なぜサロメはヨカナーンに惹かれるのか? それは、ヨカナーンが彼女の周囲で唯一、物事の外面ではなく、本質を語る人間だからではないだろうか。

 井戸から出てきたヨカナーンは言う。「どこにいるのか、罪業の杯の満ちた者は?」

 それはヘロデ王のことだが、サロメが「誰のことを言っているの?」と聞いても、ナラボートは「到底わかりません」としらばっくれる。次にヨカナーンは「どこにいるのか、目の逸楽にふけり、壁に描いた男たちの姿を見て、カルデア人の国へ使いを送った女は?」サロメは「母上のことを言ってるんだわ」というが、ナラボートはまた「違います、王女様」と答える。

 サロメは姫だから彼女には遠慮して、誰も本当のことは言わない。サロメには母親と父親の堕落ぶりはわかっている。なのに誰もその話をしてくれない。だから、家族のタブーをズケズケと口にするヨカナーンに衝撃を受け、惹かれる。彼女にとっては、真実を聞くのは救いであり解放なのだ。特に、同性である母親のことには強く反応する。誰かが彼女の悪口を言ってくれるのを待っていたとさえ取れる。 

 ヨカナーンと関わりたいサロメは、彼の外見を言葉を尽くして褒める。彼の身体、髪、口がいかに魅力的か崇める。それはきっと、彼女自身がこれまで散々、外見によって愛されてきたからだ。それ以外に異性に働きかける方法を知らないのだ。

 しかしヨカナーンは一向に反応しない。ひたすら彼女に説教するだけである。自分が知っている方法が尽きてしまったサロメは究極の手段に出るしかない。すなわち王の自分に対する欲望を利用して、ヨカナーンを殺させ、自分のものにすることだ。

 だからサロメはダンスを踊る。男の淫らな視線を一手に集める最強の手段。

 彼女はまだ少女でありながら、男の欲求の利用者であり、犠牲者でもある。

 

 さて、大人になりきっていない少女が、自覚的にも無自覚的にも自分の性的な魅力を搾取されている文化といったら、今も昔もアイドルビジネスが百花繚乱の日本の芸能界がその最たるものではないだろうか。サロメを現代日本に似せた架空の世界に設定する夢想をちょっとしてしまう。