「蝶々夫人」「カルメン」英語字幕

「蝶々夫人」「カルメン」英語字幕

  現在、東京二期会「蝶々夫人」(宮本亜門演出)と神奈川県民ホール「カルメン」(田尾下晢演出)の英語字幕を担当しています。

  自分も大学でミュージカルの演出中でもあるのですが、稽古オフ日は長崎県大村の世界に飛んで蝶々さんの悲運に涙しながら字幕を作っています!

http://www.nikikai.net/lineup/butterfly2019/pdf/butterfly2019.pdf

 
 

 

 
 
 
 

  字幕は、言葉のことを考えるのが大好きな私には楽しい仕事。


  字幕作成には、音楽の尺を考慮しつつキューの場所を楽譜上で決める作業と、字幕のテキスト自体を考える作業がある。

 

  英語字幕を作成する際、作業行程にはこれまでにいろいろなパターンがあった。日本語字幕を担当している方が字幕を作成して楽譜上のキューも書き込んだものに対して、私が英語のテキストだけを作る場合。私が日本語も英語も作成してキューも決める場合。日本語の担当者は別にいるが、英語の字幕を先に作成する場合(つまりキューも私が決める)。

 

 「カルメン」は先に英語を作るパターンだったが、「蝶々夫人」は先行して日本語が作成され、キューを書き込まれた楽譜が送られてきた。

 

 実は日本語は、字幕のような、書き言葉の文字数制限が厳しい条件の翻訳に適した言語である。漢字という視覚要素の強い文字がある上、漢字のおかげでスペースが省略されるし、また主語を省略できる言語だからだ。

 その点で、英語はかなり不利である。同じ内容を書こうとすると英語は日本語よりかなりスペースを取る。主語は省略できない。

 

 例えばバタフライのピンカートンのセリフで 

 “Che guardi?”

 「何を見ている?」

というのがあるが、イタリア語と日本語は主語を省略できるので短い。

でも英語は主語は省略できない上に前置詞も必要だったりするので

 “What are you looking at?”  以上に短くはできない。単純に見てイタリア語の倍。これだけで一行取ってしまう。

 それとこの文章を例に取ると、英語は現在進行形を多用するので、文が長い(イタリア語では現在進行形を使わなくても、現在形で応用できるので短い) という事情もある。

 (同じ字幕でも、ドイツ語から英語にする場合は楽。ドイツ語は同じことを書くのもすごく長いので。)

 

 そこで、バタフライは一つの日本語キューに対し、英語の字幕は二つに分割して表示する。つまり、日本語は同じテキストを表示している間に、英語は変化する。という処理を多くの箇所でしている。

 

 書き込まれた30, 31という数字が日本語・英語に共通の字幕のキューで、30.5 というキューが英語用に追加したキュー。

 (本番ではだいたい公演専属のピアニストさんが字幕操作の人の隣に座り、楽譜を読みながらキューを伝えるということをする。私も経験のために何度かキュー出しをやったことがある)

 

 観に来たお客さんは「なんで英語の方はしょっちゅう変わるの?」と思うかもしれませんが、これ以外にやりようがないんです、はい。

 

 また、日本のオペラ公演の英語文字制限はだいたい一行30文字なのだが、これはDVDやテレビ放送などの目的で映像化されたオペラの英語字幕の文字数よりもかなり少ない。

 画面上で文字が同時に視界に入る映像とは違い、舞台は字幕とステージの距離があるため、テキストは簡潔にする必要があるからだ。

 なので、元のニュアンスをキープしつつ、いかに簡潔な文章にするかということに苦労する。

 

 今年2月に上演された二期会「金閣寺」はドイツ語台本の原文がかなり硬めの哲学的な文章だった。原作の三島の小説自体が哲学的な作品だし、オペラも深淵な表現が多い作品だったので、英語字幕もある程度、原文の硬いニュアンスをキープすることにした。この作品に関しては、観る人が「それはどういう意味だろう?」と想像を巡らせることも重要だと思ったからである。

 でもカルメンやバタフライは基本エンタテイメントなので、パッと見て頭に入りやすい文章を心がけている。

 

  どこにキューを入れるか? は大事。作品に対する愛情だと思う。

 私はなるべく音楽に寄り添う字幕を作りたい。ざっと長い文章を読んでから舞台の動きに集中する方がいい人もいるかもしれない。でも私はこのメロディが鳴り響く時まで、この言葉は取っておきたい!と思うので、決めのところで決めのセリフが来るように考える。

 せっかくなので英語話者の人も沢山観に来てくれますようにー。 


 追記:その後、日本語字幕の方も大幅に直しが入り、結局、日本語と英語のキューはほとんど同じになったため、字幕の数はほぼ同じになりました。

 公演は大成功のようです。関係者の皆様、おめでとうございます。