今週の研修のハイライトは「銃の練習」。舞台に登場する小道具の銃(プロップガン)を撃つ講習である。
こちらの舞台で使われるプロップガンはblank firingといって、実弾ではないが、微量の火薬が入った空包をカートリッジに装填して発砲を表現する。(日本ではこのタイプの銃は使用が禁止されている。)火や煙も出るし、音はかなり大きい。実弾のような威力はないものの、至近距離で相手に当たると怪我をさせる可能性もあり、扱いを間違うとかなり危険。オペラやバレエには武器が登場する場面がけっこうあり、出演者は武器の扱いに慣れておかなければならない。ということで、Young Artists Programmeのメンバーは必ず銃を扱う講習を受けることになっている。(剣の訓練はまた別にある。)
ロイヤルオペラハウスには武具専門の部署があり、3人の常駐スタッフにフリーランスを必要に応じて加えて運営している。イギリスの劇場で武具部門を抱えているのはこの劇場だけだそうで、世界的にも珍しい存在かもしれない。銃、剣、ナイフ、鞘、槍など、舞台上で使う武器の製作、管理、メンテナンス、使用する出演者との連携を行っている。ひとつひとつを出来る限り内部で手作りしているとのこと。武器の時代考証やデザインの考証も行う。
また重要な点は、舞台上で武器が使用される際には必ずスタッフが毎公演にアテンドし、安全面の確認が済んだ武器を出演者に渡して取り扱いの説明を行うだけでなく、実際に舞台で使われている最中に袖で待機して確認を行っていること。もしも出演者自身が自分で銃の引き金を引きたくない場合には、スタッフが袖で代わりに発砲して音を出す役目もする。(カヴァーショットと言う。)
講義では実際に銃を撃ってみる前に、安全に銃を扱うために気をつけなければならない点を繰り返し説明された。銃を持つとついはしゃいで共演者とふざけたりしがちだが、一歩間違うと大惨事になりかねないし、過去に事故の例もあるので、絶対にふざけてはいけない。持つ時は発砲の直前までは下に向けて持ち、引き金に指をかけずに上の部分に指を添えるだけにしておく、など。
その後、その場に用意された6種類の銃を順番に撃ってみる練習をした。広い部屋の端の方に立ち、部屋の反対側に向けて撃つ。ライフル銃から、色々な形のピストル、それぞれに発砲の仕組みが異なり、引き金を引くまでの操作も少しずつ違う。持った感触は重くてかなりリアル。
いざ引き金を引く時には、周囲にいる人が心の準備が出来るよう “Gun firing!”と大きい声で宣言する。(本番中はもちろん決まったタイミングで撃つのでそんな警告はしない)撃つと空包が作動して大きな音と共に煙が出る。この体験はなかなか衝撃的で、ガタイの良いバスバリトンの男性でさえも引き金を引く際にちょっと震えていた。制作事務インターンの女の子などはへっぴり腰で「じ、じ、銃、撃ちます!」みたいな感じになっている。私はかけ声だけは勇ましく引き金を引いたものの… ん? 引き金が固くて全く動かない。焦って銃口を下げるのを忘れたまま思い切りスタッフの方を向いてしまい怒られた。
そうそう、面白いのは、歌手向けのクラスに制作事務インターンや、音楽スタッフも参加していること。この講座もそうだし、ダンスや殺陣のクラスにも指揮者、ピアニストが参加している。スタッフにも幅広く舞台全般のことを知ってもらおうという意図のようである。
実際に撃つ練習を始める前には使い捨ての耳栓が配られて、講習中はずっとこれを着けた状態でいなければならなかった。発砲の音から鼓膜を守るためである。そのため、ただでさえイギリス英語は聞き取りにくいのに、ますます話が聞こえなくなってしまった(笑)なので、銃の種類や構造などについての細かい話はよくわからず、そのへんは詳しく書けないのですみません。
当然、2時間のこの講習だけでプロップガンのエキスパートになれるわけではない。銃の扱いが慎重を要するということ、いざ舞台で使う場合にはスタッフとどんな連携を取るかを知るための講習という感じ。特に私のようなおっちょこちょいな人の場合、舞台で歌ったり演技をしたりしながら銃を正しく扱うことは相当練習をしないと無理で、簡単に考えてはいけない。ということを身を以て知った2時間だった。