Young Artists Programme先週・先々週の演技の授業から。
① 講師: John Fulljames (演出家)
Fulljames氏は今シーズンのロイヤルオペラハウスで「マハゴニー市の興亡」(クルト・ワイル作曲・ブレヒト台本)を演出する予定の演出家。
というわけでその日の題材は「マハゴニー市」の冒頭シーン。その日はテキストの分析がテーマということで、楽譜はなく台本だけを与えられて、二つのグループに分かれてシーンを作ってみるエクササイズをやった。私はバリトン歌手と指揮者と一緒の3人グループ。
前にも書いたが、Young Artists Programmeでは指揮者やピアニストも演技の授業に参加する。「歌い手が舞台でやっていることがいかに大変かを音楽スタッフにも分かってもらうため」という所長の方針によるものだ。
登場人物が二人だったので、歌手と指揮者に演技をしてもらい、私は演出側に回らせてもらうことにした。
遠くの街で金が発見されたというニュースを聞いて車で向かっていたところ、砂漠の中でトラックが故障して途方にくれているという場面。
ブレヒトのテキストはあらゆる解釈が可能なため、最初はなかなかシーンの方向性が決まらず手こずった。そのうちバリトン君から「僕は警察に捕まるのが怖くてたまらず、この場からひたすら逃げたがっているというキャラクターはどうだ」というアイディアが出た。「それなら、あなた(指揮者)は逆に落ち着き払っていて、バリトン君をいじめて楽しんでいるというのはどう」と私が提案。この設定は非常にうまく行き、身体がデカイのに怯えきっている男と、チビのくせに冷徹でサディスティックな男、というコンビネーションがギリギリのタイミングで出来上がったところで発表の時間。やはり指揮者は基本がサディストなせいかキャラが見事に決まって、面白いシーンが発表できた。もう一方のチームからは「○○(指揮者)がそんなに演技がうまいなんてー!」という驚きの声。
たまにこういうエクササイズをやるのは新しい感覚の発掘としては面白い。瞬発力も鍛えられるし。
② 講師:Martin Lloyd-Evans (演出家・演技講師)
ギルドホール音楽院オペラ科で演出・演技指導をしている、ベテランの演技指導者。
授業の最初に彼が言ったのは「オペラ歌手は常に自分のコンディションや次のオペラの勉強などに神経を使わなければならず、意識の方向が自分の内側ばかりに向いてしまいがち。でも舞台はチームプレイなので、自分の内にこもるのではなく外側に意識を向けることが大切。だから今日はみんなでバカになって、遊びっぽいことをいっぱいやります」。
いわゆるシアターゲーム的なエクササイズをいくつかやった。一つ目は、円になって誰かに目線を合わせ、その人に向かってゾンビになって歩いていく。ゾンビに教われそうになっている人は、ゾンビが自分のところにたどり着く前に円の中の別の人に目線を送る。目線を送られたことに気づいたら、目線を送っている人の名前を呼ぶ。するとその人がゾンビになってまた別の人に歩いて行く。というもの。これは反射神経、周囲への注意力、相手との共同作業などを養うのが目的のエクササイズ。
その他、ペアになって無言で呼吸を合わせて歩くエクササイズや、5人組で5つ並べたイスの上に目を閉じて立ち、目を閉じたままで、床に降りずに5つのイスを部屋の反対側まで運ぶエクササイズ。これはチームワークと相手への信頼、身体のコンタクトへの抵抗感を無くすのが目的。
身体をいっぱい使って楽しかったが、こういう授業は1回限りではあまり意味がないような?
Young Artists Programmeで1ヶ月近く過ごして分かってきたのだが、メンバーたちは常にロイヤルオペラハウスの本舞台への出演やカヴァーで忙しい。それぞれのスケジュールは常にバラバラなため、同じ講師による定期的な演技のグループセッションを組むことは不可能に近い。結果的に毎回入れ替わり立ち代わり違う講師が来てその場限りのセッションをやるような形になってしまう。どの講師の授業もそれぞれ面白いが、一人の講師が定期的・継続的に内容を積み重ねる形で授業をしなければ、歌手の基礎的な演技力を上げるのは難しい気がする。
ロンドン滞在の後半にはギルドホール音楽院オペラ科の授業と稽古も見学する予定になっているので、おそらくそちらの方がより基礎力の向上に有効な授業をやっているのではないかと期待している。