最近個人的に注目している、全く対照的なテノール二人。
ルネ・バルベラ Rene Barbera
最近では珍しい(?)美声だけで成り立つタイプの歌手。こんな人が歌ってくれたらもはや演出なんてどうでもいいという、忘れていたオペラの原始的な快感を味わわせてくれる。
34歳。アメリカ人だが両親がメキシコ人で、典型的なラテンの丸い顔と体格と丸い響き。ロッシーニスペシャリストとしてキャリアをスタートさせ、現在ベルカントのもう少し重めのレパートリーに移行しているところ。
まずは彼が得意とするロッシーニ「チェネレントラ」ラミーロのアリアをお聴きください。
https://www.youtube.com/watch?v=–eIahiKfqY
こちらは「セヴィリアの理髪師」アルマヴィーヴァ。
https://www.youtube.com/watch?v=eQuNYvs5GHY
ベッリーニ「清教徒」
https://www.youtube.com/watch?v=YVLjqrhmgLQ
なんと力の抜けた、柔らかく温かいレガート。
中音域ではメッサ・ディ・ヴォーチェを自在に使いこなしつつ、高音では輝かしいフルヴォイス。声域はハイCをはるかに超えるとのこと。このテクニックで2011年、ドミンゴ主催のコンクールOperaliaでオペラ、サルスエラ、観客賞の3部門すべてで優勝した。
すでに欧米の主要オペラハウスを制覇しており、2019年はベルリンで「夢遊病の娘」と「ランメルモールのルチア」、バイエルンで「チェネレントラ」、パレルモで「イドメネオ」、ローマで「アンナ・ボレーナ」、スカラで「愛の妙薬」に出演する予定。
変にひねくり回した演出の舞台よりも、ストレートな演出の方が相性が良い、とヨーロッパでは評されている。
そして2020年に新国立劇場で「セヴィリアの理髪師」に出演予定。今後日本でも話題になること間違いなし。
マイケル・ファビアーノ Michael Fabiano
バルベラとは対照的な、現代オペラ向きのテノール。知性派で、ハイスクールではディベートチームで活躍したという。ビジネスや法律のキャリアも考えていたが、先生との出会いでオペラの道に進んだ。35歳。
もうすでにスター歌手だし、一昨年〜去年はロイヤルオペラハウスとメトの「ボエーム」両方が日本でも映画館で上映されたので十分有名だと思うが、私が注目するのは彼の演技力。2017年エクサンプロヴァンス音楽祭「カルメン」(話題のチェルニャコフ演出)で演じたホセが凄かった(リリックテノールなので、これが彼のホセデビューだった)。
この演出は、離婚の危機にある夫婦が、結婚カウンセラーを訪ね「演劇セラピー」の名のもと「カルメン」を演じながら人間らしい感情を取り戻すという設定になっていて、夫がホセ役、妻がミカエラ役をやる。最初のうちは嫌々参加していた夫が、話が進むにつれてカルメン役に本気になってしまう。最後は追い詰められてカルメン役に何度もナイフを突き立てる。あくまでカルメン「ごっこ」なのでカルメン役の女性は死なないのだが、ホセ役の方は精神的にボロボロになってしまう。
陳腐にもなりそうなこの演出設定が細かいところまで計算し尽くされていて、ある意味、今まで見たどのカルメンより説得力があった。
ファビアーノの演技は映画俳優のように細かくリアルで、徐々に追い詰められていく心理描写が見事。幕切れ、カーテンコールになっても放心状態でガクガクしている。それだけ役に没頭していたのが感じられた。
のちにインタビューでも印象的な公演として挙げているので、本人にとっても面白い公演だったのだろう。「若い観客は大喝采でした。舞台上の人間たちに共感できたからです。ケータイばかり見て、実生活とうまく繋がれない人間です。オペラもいろいろな解釈があり得て、うまくいく場合も行かない場合もありますが、とにかくトライしてみないと。」
その「カルメン」のラスト10分(カーテンコール含む)がYouTubeに出ている。
https://www.youtube.com/watch?v=i2-m006oc-E
リチャード・ジョーンズ演出「ボエーム」のロドルフォは大した印象はなかったのだが(演出が冴えなかったせいもあると思う)、演出家と解釈を知的に共有できた際に馬力を発揮する歌手なのだと思う。
別のインタビュー番組がYouTubeに出ている。彼の話しぶりから感じるのはまず頭の良さ。分析力。彼が自分を客観的に分析する能力は、優れたスポーツ選手が自分を分析して言語化する様子に似ていて(例えばイチローとか) 話に聞き入ってしまう。
https://www.youtube.com/watch?v=fcKgMiGRjW4
14歳から25歳まで野球チームでアンパイアをやっていた経験から、どんな状況でも冷静に、理性的・客観的に判断する力がつき、それがキャリア形成にも役立っているという。
「先生はマーケットプレイス(市場)として捉えるべき。どんな先生のアドバイスもそれぞれの価値があるが、自由市場における商品と同じように、買い手がその価値を検討し、買うべきものは買い、捨てるべきものは捨てるべき。若い歌手は複数の先生を試し、何が自分に向いているかを検討するべき。一人一人の人間は解剖学的に全く違うし、若いときに一つのメソッドで固定されてしまうと、そこから抜け出すのはとても難しい。歌手は若い時から自分を客観的に評価する力をつけないといけない」
「歌手が『喋る』テクニックはとても大切。若い人を教えるマスタークラスでは、まずテキストを喋ってみろ、というのをやる。テキストをしゃべれなければ、歌うのは無理」(この意識が彼の演技力とも密接に繋がっている気がする)
「現代のオペラ歌手は人生を幅広くお客さんとシェアすることを求められる。それはそういうものとして割り切るべき。自分はソーシャルメディアを積極的に使う。ツイッターもインスタもフェイスブックもブログも全部やっている」
「歌う事だけではなくて、社会に興味がある人と仕事をするのが好きだ」
こういう人と一緒に作品を作るのは面白いだろうな。納得してもらえない場合は大変そうだけど・・・