ロンドンの小劇場オペラ

ロンドンの小劇場オペラ

ロンドンのオペラシーンはロイヤルオペラハウスとENO(イングリッシュナショナルオペラ)が二分しているが、そういったメインストリームのオペラハウスとは別の路線で活動している小規模なオペラ団体もいろいろある。
 ドイツやイタリアに比べると、イギリスではオペラは一般の人たちにとってそれほど身近なものではなく、なんとなく敷居が高いと思われているのは日本と似ている。そういった垣根を取り払ってオペラをより身近なものにしようという主旨のグループはどんどん増えているようで、オペラハウスではなくパブや倉庫、クラブなどオルタナティブな場所で行われるオペラ公演をまとめて紹介する Fringe Operaというサイトもある。
http://www.fringeopera.com/

 そんな団体のひとつ、OperaUpCloseというグループの「ラ・ボエーム」を12月に観に行った。
 OperaUpClose =「オペラを目の前で拡大して」。小さい劇場のこじんまりとして親しみやすい雰囲気でオペラを見せる。上演は英語で、設定を現代にした演出が多いらしい。

 このグループがホームグラウンドにしている劇場はロンドンの中心地から少し離れたIslingtonという街の近く。グーグルマップを頼りに行ってみると、そこはごく普通のパブ。知らなければここに劇場があるとは気づかないだろう。

 中はごく普通のパブらしくガヤガヤ賑わっている。よく見ると部屋の奥に「ボックスオフィス」と書かれた看板があって、さらにその奥が劇場の入り口になっているようだ。観客は開演までパブで飲んで待つらしい。私もビールを一杯。

 

 開演15分くらい前にスタッフがパブ内で声をかけ、劇場が開場となった。お客たちはドリンクを片手にゾロゾロと奥の劇場に移動。
 おそらく100席もない小さなスペースで、舞台は客席の目の前にある。もちろん幕もない。舞台上はロドルフォとマルチェッロの部屋らしき飾り。設定は現代のロンドンのようで、ごく普通のアパートの部屋を表したウエルメイドな雰囲気。

 開演までに客席はいっぱいになった。これだけ狭いスペースでしかもお酒が入ったお客さんたちなので、客席は賑やかなムード。
 伴奏はピアノのみ、指揮者もいない。冒頭のイントロとともに歌手たちが客席奥から登場した。わずか数メートルの距離で全てが行われる。

 歌手は全員おそらく20代から30代前半くらいの若手。歌の実力はまあまあ、それなりといったところ。
 歌詞は英語で、ENOなどの既存の訳詞ではなくこの団体がオリジナルに作ったものらしく、現代ロンドンの設定に合わせてかなりアレンジされている。ロンドン下町の「ハックニー」という地名が出て来たり、ミミは「私は刺繍をしています」ではなく「いろいろなご家庭の掃除をしています」と自己紹介したりする。観客はその都度ウケている。
 (これは意外なのだが、ロンドンの観客はオペラでも演劇でも、割とどうでもいいところでよく笑う。物語の流れからしてそこは別に笑うとこじゃないだろ?!っていう箇所でもよく笑うのはニューヨークに近い気がする。)

 1幕が終わって、スタッフの「場面転換があるのでパブに出てお待ちください」というアナウンスがあり、お客たちはおもむろに立ち上がってゾロゾロとパブへ移動。(どうせ2幕はカフェのシーンなんだから、いっそパブでやればいいんじゃないの?)と思っていたら、なんとパブでそのまま2幕が始まった。お客たちがガヤガヤ談笑しているところにいきなり演奏が始まり、歌手たちが人ごみをかき分けながら登場して歌い始めた。客席用に並べられたイスなどがあるわけでもなく、パブのスペースと人々をそのまま使ってのパフォーマンス。ガヤガヤはおさまらないから、歌はまともに聴こえない。でも2幕の雰囲気をドンピシャで再現している。観客自身がカフェの賑わいの参加者になるので、これは楽しい。

 バーカウンターにもたれて見ていたら、カウンターの中にいるバーテンダーに「ここはこの後歌手が座るので、ちょっとスペースを空けておいてください」と言われた。(多分バーテンダーも出演者。)しばらくするとムゼッタが登場し、カウンターに座ってアリアを歌い始めた。日本だったらこういうカオスは許されないだろうという気がする。「予め観客の導線を考えて、迷惑のないように誘導、バミリもきっちりやって…」とか、段取りをきっちりつけないと上演させてもらえなさそう。そのへんはイギリスの人は平気である。こういう演出はカオスやハプニングが逆に楽しいのだ。

 休憩の後3幕はまた劇場スペースに戻って、そのまま4幕まで。全体的に、設定を現代ロンドンにしていることと2幕の演出以外は、特別な解釈というわけではなくごく普通のボエームを見たという印象。もうちょっと演出も突っ込んで欲しかったなと思ったが、安い値段で気軽に音楽と芝居を楽しみたい人にはいい機会ではないかと思う。